見出し画像

⭕『ガールズ・エアフレイト』第零部・愛夢ラノベP

『ガールズ・エアフレイト』
愛夢ラノベP


第零部 ガールズ・エアフレイト

 ――令和40年7月19日の午後3時。
 ――静岡県駿河湾、上空1万メートル。天候は曇り。

 大空を舞台に始まるドラマ。
 波模様に見入る。空模様にも魅入る。空の青、海の蒼、目に入る情景はブルーなパノラマ。
 目を引く入道雲、尾を引く飛行機雲。群を抜く戦闘機能で、空というキャンバスに雲の白線を引く。もっとも、過ぎ去る場景に後ろ髪は引かれない。
 アトリから思念通信が入る。自ずと気合いも入る。ただ、少し気が滅入る。

『オペレーター、熱源を感知。ボーイズシーフの可能性あり』

 おっと、空輸窃盗団《ボーイズシーフ》のお出ましか?

「アトリ、センスデータの共有を開始。自動操縦を手動に切り替える」

 アトリ――俺の相棒機、十四歳に見える美少女ドローン。
 身長は百五十二センチ、薄い赤紫のモーベット色の長髪、細身のDカップ。オレンジと白を基調にしたバトルドレスを着こなし、グレーのウィングを背中に装着している。

『ラジャー! 私の五感をオペレーターにコンポジット。痛覚を遮断。オートをマニュアルに変更』


 《その瞬間、風を感じた!》


 潮風が薫る。潮騒に聞き入る。陽光はポカポカと暖かく、体はフワフワと浮かぶ。空を飛ぶ……そんな錯覚に浸る。
 何もなかった映像に芳香が甦る。音も蘇る。
 アトリの感覚センサーと同調した俺は、痛覚以外のセンスデータを共有した。センスデータとは、元々は哲学用語だが、現在では五官を通して得た情報の事をいう。
 美少女ドローン操縦士は、ドローンが関知した情報を自室のコックピットで把握しながら、大空を飛翔する。
 つまり、俺は家に居ながら、世界を飛ぶ。

『敵を目視。南南西の方角、距離は……計測不能』

 ほう……ソナー計測を妨害しているのか?
 音波による測定を気にするなら、おそらく遠距離射撃型のドローンだろう。
 そっと南南西に目をやる。海面付近を小さな機影が左に抜ける。何やら長い棒状の武器を右肩に掛けている。

「アトリ、制空権を奪う。遠距離攻撃の軌道を計算しろ」

『ラジャー! 射程角度および発射速度の演算を開始。オペレーター、操縦は任せます』

 俺は、ゲーミングチェア型の操縦席に深く腰掛ける。左手のスティックで高度と向きを制御し、右手のコマンドで武器を扱う。
 スマートアイと呼ばれるコンタクトレンズのような液晶ディスプレイの映像を頼りに、華麗な飛行をみせる。
 ここでアトリの性能を確認しておく。

 機種――アルデラミンⅡ(27式ケフェウス)。
 高高度性能――最大高度1万メートル。
 航続距離――任務行動半径は五百キロ。仕事を完了できる範囲だ。
 格闘性能――旋回性能は高く、上昇力は少し低い。操縦性は良い反面、速度は遅い。
 火力と高度を重視した機体。敵より高い位置から戦う事を得意とするが、高度を上げるまでに時間を要する。

『オペレーター、敵機から高熱反応。交戦開始』

 俺は深呼吸をする。手に汗を握る。スティックも握る。もはやアトリの運命すら握る。

『南西7キロの地点から砲撃、2秒後に着弾』

 俺は天真爛漫で自信満々の天才パイロットだ。
 巧みなスティック捌きで旋回、アクロバティックな飛行から転身、見せつけるファンタスティックな逃避行。
 荷物の略奪はさせんわい!
 静岡県静岡市で預かった荷物を伊豆半島に空輸している。これは、お客様の思いの籠ったプレゼント。かけがえのない一点物だ。

『オペレーター、敵機の姿を消失』

「落ち着け。おそらく敵はソナーを妨害しながら音速飛行をしている。だから、位置を把握できないんだ」

 俺は一点を見つめる。
 敵機の狙いは、遠距離狙撃の一点突破。ボーイズシーフは他人の物を盗んで人生を謳歌。
 そんなクズと意見交換はできない。人生相談にも乗れない。ただ、戦況を一転させる手を思いつく。

『オペレーター、南東に熱源反応あり。2発目が来ます』

 推定高度二千メートル、俺の後方から斜めに赤いビームを視認する。
 俺は機体を九十度に傾ける。これをナイフエッジと呼ぶ。そこから水平に一回転、サークルと呼ばれる操縦技術で真っ赤な光線を交わす。

「敵機のメインウェポンは、レーザーキャノン砲だ。一定の間隔でインターバルがある」

『敵機は私たちの射程外でホバリング中。明らかに私の武装を研究しています』

「仕方ない。俺は2年連続の最優秀賞金王。中部エリアで最も稼いでいる操縦士だから、顔も武器もバレバレだ」

『空の破戒屋(スカイクラッシャー)も大変ですね』

 そう、俺はスカイクラッシャーの異名を持つ。
 特に深い意味はない。日本では、ドローン航空法に基づき配達区画エアエリアが定められている。そのエアエリアで輸送額のランキングが発表され、上位の操縦士は自然と異名で呼ばれる。

『オペレーター、何か対策はありますか?』

「もちろん、作戦はある。北東へ向かう」

『ほっ……北東ですか? そこは森林地帯ですが……』

「俺を信じろ。アトリは引き続き、攻撃の軌道を計算してくれ」

『ラジャー! オペレーターに命運を委ねます』

 広大な海を見ながら、北東へとスティックを切る。風も先陣も切る。敵から放たれたレーザー光線も見切る。
 ――見ず知らずの渡り鳥を水先案内人にして、駿河湾を横断すること数分。

『オペレーター、森が近づいてきました』

「アトリ、地上を見ろ。敵機が浮上する筈だ」

 眼下の景色は、海原の青から森林の緑に移り変わる。船頭を務めた海鳥と別れた頃、森林地帯の上空に敵機を確認した。
 金髪のショートヘアに、黒いスカジャンと青いジーンズを着た美男子ドローンだ。スカジャンには、ボーイズシーフを表す天秤を持った女神が描かれている。
 見た目は美少年、ただ大抵は女が操縦している。

『オペレーターの言うとおり、敵機が見えました。しかし、なぜ姿を出したのでしょう?』

「音速機は高速移動の代償として最高高度が低い」

『なるほど、森が邪魔で低空飛行や音速飛行ができない訳ですね』

「それに加えて、俺たちの武器を警戒している」

『このピアノシンセサイザーですね』

 アトリは銀色の横長な鍵盤を披露する。肩ストラップで固定し、左手でキーボード型電子ピアノの持ち手を握り、右手で演奏をする。
 もっとも、これは音響兵器(ソニックウェポン)だ。
 これで俺たちは見事に神聖な断罪を行う。ピアノシンセサイザーは電子工学を用いて音色を合成する楽器だが、この88鍵盤は広域に音を鳴らして敵機を破壊する。

「敵機は障害物を交わしながら、俺たちの音域も警戒している」

『操縦に集中して、レーザーを発射できない訳ですね』

「フフッ、ここからは俺たちの見せ場だ。華麗な操縦技術と……」

『素敵な演奏を披露しましょう』

 俺はアトリのエンジンを止めた。当然、推進力を失った機体は急速に落下する。
 重力を感じる。ホワイトな雲を突き破り、グリーンの森がグーンと近づく。
 テールスライドと呼ばれる高度な曲技飛行。足を下にして、一気に地上へと垂直降下する。

『高度六千メートル……おっと、敵機から熱源を感知。3秒後に真下から狙撃あり』

「バレルロールを開始。ビームを回避後、音域を展開」

『えっ……垂直にバレルロール! そんな無茶な』

 俺は左手をグリグリ回す。即座に世界がグルグル回る。
 樽の中を螺旋状に回転するみたいなバレルロールを、垂直姿勢で行う。急降下しながら、竜巻のような操縦をする。
 敵機は右往左往。自分に急速に近づく機体がランダムに廻る。焦りと緊張で照準が合わずに、真紅のレーザーはアトリを外した。

『高度四千メートル。音域を展開!』

 楽曲はシーズ・ア・レインボー。
 ローリング・ストーンズの名曲、アルバム『サタニック・マジェスティーズ』の収録曲。執拗に同じメロディーを繰り返すと思いきや、間奏のストリングスと終盤の不協和音に度肝を抜かれる。
 だって、右脳も左脳も刺激する構成は卑怯だもん。
 そんな名曲によって、敵機は外装が潰れる。音波によって内蔵機器は壊れる。廃棄の危機に陥れる。

『オペレーター、敵がサブウェポンを起動』

「ライトサーベルか! エンジンを至急点火、緊急転換。アトリ、止めの一撃を入れろ!」

 上空二千メートルでトルクロール。ホバリング状態で、ウィングの反トルクを利用して機体をクルッと回転させる。 
 敵機がライトサーベルをブィーンと振り下ろす。
 姉の剣術に比べれば、遥かに遅い。姉との稽古をやり過ぎ、止まって見える太刀筋。しかと見据える勝ち筋。

『このピアノシンセサイザーは鉄槌にもなるのです』

 瀕死の美男子ドローンと接近戦、窃盗は許しません!
 アトリはピアノシンセサイザーを振り上げる。即座にフルスイング、敵の頭部にウィニングショット、勝ち星を取りに行く。
 敵機の頭は吹き飛ぶ。これで永久にスリーピング。さっさと戦闘を済ませる。

「さすがアトリ、最新鋭の機体だ。俺の操縦について来られるとは」

『オペレーター……何か音がしませんか?』

 アトリの指摘で耳を澄ませる。カチカチと敵機の胴体から秒針を刻む音がする。
 これは……タイマー音。まさか破壊をトリガーに起爆スイッチがオン?

『自爆……』

「アトリ、逃げろ!」

 ドーンと爆発音。地鳴りで耳鳴り。真っ白な閃光、真っ白な思考。後は不穏、暫く音信不通。普通に不安、本心は不満。
 爆風で砂が吹き飛ぶ。木々が乱れ飛ぶ。映像が乱れる。心まで乱れる。
 一瞬、2年半前の悪夢がフラッシュバックする。
 砂煙しか見えない視界、凄まじいとしか言えない世界。視野は悪い、具合も悪い、全て俺が悪い。
 やがて黄土色の景色が薄らぐ。凹んだ爆心地、折れた針葉樹、そして見上げた青い空。

「アトリ、大丈夫か?」

『はい、何とか荷物は守りました』

「いや……荷物も大事だが、アトリは故障をしていないか?」

『フフッ、変なオペレーターですね。私は壊れても替えが効きます。それとも修理費用が気になりますか?』

「違う。アトリが大切なんだ。早く状況を教えろ」

『えーと、外皮が剥げて、左腕がありません。でも、目的地には向かえます』

「はぁー、良かった。帰還したら、メンテナンスをしよう」

『はい! 優しく修復して下さいね』

 思わぬ誤算、まさか敵機が相討ちを狙うとは考えもしなかった。思わず溜め息をつく。
 赤字を覚悟しながら、ゆっくりと高度を上げる。駿河湾を南東に横断する。
 ――数分後には伊豆市上空に到着。
 目的地周辺、目当ての高層ビルが見えてきた。最近の住居は間取りが広い。ドローンが着陸するベランダも完備されている。
 指定された住居に着地する。
 すると、パンパンに太った四十代の男性が出てくる。黒いスーツをビシッと着こなす大食漢、金持ちを気取るジェントルマン、人生を勝ち誇って自信満々。
 この世界には2種類の人間しかいない。
 第一に、二十歳未満の少年少女。
 第二に、余裕そうな富裕層。
 理由は簡単、大人の致死率9割という驚異的な伝染病が蔓延したからだ。未知のウィルスに蝕まれた社会では、子供とワクチンを打った守銭奴しか生きていない。

『はじめまして、ガールズ・エアフレイトのアトリと申します。ご注文の品をお届けに参りました』

「おっ……おい、左腕はどうした?」と野太い男の声で問われる。

『あっ、すみません。途中で戦闘がありまして……』

「大丈夫なのか?」

『はい! 左腕は欠損しましたが、このように支障は……』

「違う! 荷物の話だ」

 チッ、なんて身勝手な人間だ。他人に興味がない。だが、アトリはイライラを顔に出さない。声色にも感情を表さない。

『あっ、はい……お誕生日プレゼントは無傷です』

「良かった。娘に欲しがっていたゲームを贈ってやりたいんだよ」

 アトリは背中の格納庫から高価なゲーム機を取り出す。本体とゲームソフト、この世では入手困難な嗜好品だ。
 現在の社会情勢では、明日の食事すら困る人もいる。だから、ボーイズシーフは空輸業者を襲う。
 男は財布から多額の札束を数えながら、愚痴を溢す。

「でも、こんなゲームのために窃盗を働くなんてボーイズシーフもゴミみたいな存在だな」

『そうですね。はやく撲滅します』

 話を合わせる。目も合わせる。本当は、破綻した社会で寄付もせずにノウノウと暮らす人間もゴミにしか見えない。ただ、ご贔屓さんに本音は言えない。
 見た目が可愛いドローンに多額の金を払ってしまう。それが人間の性なのだろう。
 高額な輸送費とゲーム機を交換する。ランキング上位者は、輸送成功率の高さから割増し料金になっている。

「用が済んだら、帰ってくれ。ショートケーキが私を呼んでいる」

『フフッ、楽しそうですね。それでは失礼します。また、ご注文をお待ちしております』

 アトリは頭を下げる。そんな健気な姿を見ることもなく、お客様は見事にデコレーションされた苺のケーキを食べに戻る。
 誰もいないベランダで、そっとエンジンを点火する。

「アトリ、自動操縦で帰れるか?」

『はい。荷物も無いので、安全に帰宅できると思います』

「では、オートモードに切り替える」

『マニュアルをオートに変更。センスデータの共有を終了』

 やっと一息つく。スマートアイを外し、夕陽に照らされた街並みを眺める。オレンジジュースの海に沈んだような橙色の世界を見て、過去に耽る。

 それは《疫戦(えきせん)》の歴史。

 ――令和34年、俺が十歳の頃、突如として殺人ウィルスが蔓延した。驚異的な病気によって、世界人口は7割も減った。
 それから世界情勢は一変する。
 他人との接触は御法度、人々の絆も心もバッと分断された。
 しかし、ハッと驚く出来事も起こる。空輸産業の飛躍的な発展だ。最初は大阪の中小企業の粋な発想から始まった。
 《エアーな接触はエーやないか!》。
 つまらない駄洒落、考えた人は誰じゃ?
 そんな批判を諸ともせずに、アッという間にドローン空輸産業は日進月歩の進化を遂げた。完全な非接触社会、それが感染を防ぐ正解。
 完璧にセッションを分けた世界で、ドローンが荷物を運ぶ理想郷が誕生した。どうせなら、美人に会いたいと美少女ドローンが開発され、世界は人との交流を断った。こうしてウィルスとの戦いに勝った。
 だが、それから6年後、空輸窃盗という新たな社会問題の幕が上がった。

「璃空(りく)。夕飯の時間よーん!」

「宇美(うみ)ねーちゃん、今から降りる」

 1階にいる姉に生返事をする。気づけば時刻はアフターファイブ、最後にアトリの様子を確認してリビングへ向かう。
 死線を駈ける機体は、沈むアフターグローに照らされながら、人々の夢や期待を運ぶ。その正体こそ美少女ドローン――人々に絆を架ける飛翔体。




(タグまとめ)

#小説

#ショートショート

#ライトノベル

#SF小説

#近未来SF小説

#SFライトノベル

#愛夢ラノベP

#ガールズ・エアフレイト

#短編小説

#ドローン

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?