マガジンのカバー画像

小説「彼と彼とが、眠るまで。」

24
「創作大賞2024」に投稿した小説。全23話で読了目安は約3時間。 激動の世界で生きた少年少女の幻想終末譚。 ――シリーズ「 #旅人手記 」―― どの作品から読んでも楽しん…
運営しているクリエイター

記事一覧

固定された記事
「彼と彼とが、眠るまで。」第一話

「彼と彼とが、眠るまで。」第一話

【あらすじ】

 イルフォールは、島ひとつを丸ごと教育機関にした学園だ。 奇病で故郷を失ったアイはイルフォール孤児院に拾われ、いまは平穏な学園生活を送っている。
 そんなときに現れたのは、時季外れの入学生イナサ。 明朗とした彼の“秘密”を知ってしまったアイは、ある取引をもちかけて――!?
 安寧の孤島から子どものまま世界へ放りだされた、 少年少女らの幻想終末譚。

以下、本編。

 これは、世

もっとみる
小説『彼と彼とが、眠るまで。』作者あとがき|メンバーシップ限定公開

小説『彼と彼とが、眠るまで。』作者あとがき|メンバーシップ限定公開

――生きるってなんだろう。

 これはおそらく、僕がしたためる物語に共通するテーマだ。
 第一作『こと切れるまでの物語』では主人公ウォーブラの生涯を。
 二作目の『-Crazy- 殺しあいの約束』では青年ソウと〈魔狩〉黒影の旅路を。

 そして今作では、アイを中心とした世界の激動を。
 このお話は後の時代につながる物語だ。

「彼と彼とが、眠るまで。」第二話

「彼と彼とが、眠るまで。」第二話

はしがき

 あなたがこれを読むころには、という出だしは、いかにもベタなものだと我ながら思うのだが、そう書くよりほか、これ以上わかりやすい表現はないだろうということを、どうかご理解いただきたい。事実、あなたがこの記録を手にするころには、わたしはこの世にいないのだから。それはつまり、わたしがこの記録を手放したということ。そして手放したということは、わたしは生涯において、自らに定めた使命を、天命ととも

もっとみる
「彼と彼とが、眠るまで。」第三話

「彼と彼とが、眠るまで。」第三話

第一部 記録/安寧の学園(一)

――イルフォール学園中立国家。
 そこは、広大な海の上に浮かぶ、ひとつの四季島だ。島をまるごとひとつ、教育の機関としてもうけた中立の学園国家。次世代を担う子どもたちの生育を目的としたその場所は、出自も貧富も問わない受け皿の広さをもち、孤児から上流階級の子息までが、全寮制の学園で等しくすごす。
 基本的な学術や世間一般の教養にくわえ、個々に応じた戦闘訓練や野外活動の

もっとみる
「彼と彼とが、眠るまで。」第四話

「彼と彼とが、眠るまで。」第四話

第一部 記録/安寧の学園(二)

「アイツ、ぜったいなにかあると思うんだよな」
 昼休みの食堂でアイが話題にしたのは、三日前に入学した学生イナサのことだった。
「なんじゃ」
「だからさ。ぜったいお貴族サマだって」
「そねぇなこと、見りゃわかるじゃろうて」
 なまりのある強い語調で答えたのは、アイのクラスメイトであり、また学年でも有名な不良生徒、レヴだ。彼は外部生であり、この春からイルフォールに入寮

もっとみる
「彼と彼とが、眠るまで。」第五話

「彼と彼とが、眠るまで。」第五話

第一部 記録/安寧の学園(三)

 放課後。図書室へ向かうアイの足を止めたのは、ほかでもないレクサスだった。彼は真っ赤な頭に、ふさふさの毛耳が特徴の獣人族で、アイとは孤児院からのつきあいになる。いつもやたら元気で明るい彼は、孤児院時代からその印象をほとんど変えない。誰に対しても分け隔てなく、すなおな気性。関わる人の笑顔を自然とひきだしてしまうような人懐っこさがある。この数年で多少変わったといえば、

もっとみる
「彼と彼とが、眠るまで。」第六話

「彼と彼とが、眠るまで。」第六話

第一部 記録/安寧の学園(四)

 アイの朝は、いつも魔導ラジオの音楽放送から始まる。五時ちょうどに起きると、さっそく顔を洗って身体をほぐし、体力づくりのために寮を外周する。そなえつけのシャワールームで汗を流して自室へ戻り、愛用の魔導拳銃の整備をしながらラジオで最新情報を仕入れ食堂へ。食後の朝刊に目を通し終わると、一限目へ向かうのにちょうどいい時間になる。
 ところがこの日、ラジオがうんともすんと

もっとみる
「彼と彼とが、眠るまで。」第七話

「彼と彼とが、眠るまで。」第七話

第一部 記録/安寧の学園(五)

 昼休憩が終わるまで、あと五分もない。
 純暦一九一四年。十月の半ば。昼休憩も終わるころ、アイは人けのない廊下を走っていた。午後の課外授業に必要なものを忘れてしまい、取りに戻っていたらこんな時間になってしまったのだ。
 たいていの生徒は、もう教室に着いている頃だろう。この学園校舎はやたら大きいせいで、移動ひとつに時間をとられてしまう。せっかくイルフォール島には交易

もっとみる
「彼と彼とが、眠るまで。」第八話

「彼と彼とが、眠るまで。」第八話

第一部 記録/安寧の学園(六)

 学園街の外れにある古い邸宅。その門扉をくぐると左手には畑があり、右手の庭には黄葉したブナが枝葉を広げている。遊びブナの周りはいつも、子どもたちがかけまわっていて、三歳から十歳を超える子どもと、さまざまだ。
 イルフォール学園街西区。この孤児院は、アイが約二年間暮らしていた場所だ。
 アイはひと月に一回、市場でたっぷりの輸入菓子を仕入れ、この孤児院で、そのひとつひ

もっとみる
「彼と彼とが、眠るまで。」第九話

「彼と彼とが、眠るまで。」第九話

第一部 記録/安寧の学園(七)

――魔族の、王に。

 その日の晩。寮に戻ってからも、アイはレクサスの言葉について考えていた。夕食はいつもどおり食べたが、あまり食べた気にならず。夕刊を見ても文字がすべるように、思考だけが乖離し、けっきょく、いまはこうして灯りを消して暗い天井を眺めながら寝台に転がっている。明日は待ちに待った野外訓練で早く寝なければならなかったが、どうにも寝つけずにいた。――きっと

もっとみる
「彼と彼とが、眠るまで。」第十話

「彼と彼とが、眠るまで。」第十話

第一部 記録/安寧の学園(八)

 けっきょく一睡もできないまま、アイは翌日の野外訓練をむかえた。
 早朝から学園広場へ集合した生徒らは、教員から概要や注意事項の説明を聞き、それぞれの班に調査依頼書が配られた。各班は十分間の打ち合わせと情報共有をおこなったあと、指示された待機場所への移動を開始した。
 アイの行動班は、アイをふくめて、レクサス、レヴ、イナサの四人で構成されている。レヴはここではじめ

もっとみる
「彼と彼とが、眠るまで。」第十一話

「彼と彼とが、眠るまで。」第十一話

第一部 記録/安寧の学園(九)

 純暦一九一四年。十一月初旬。
 イルフォール学園は、毎年この時期になると、国立ヴァリアヴル大魔導学院との交流会をおこない、これにイルフォール学園高等部の生徒らは参加することになっている。
 昨年はイルフォール島での開催だったが、今年度の開催は、魔導国家ヴァリアヴル。そこは魔導術を極める者や魔導学を追究する者、また魔導技術者たちが集まる、本大陸のなかでも有数の魔導

もっとみる
「彼と彼とが、眠るまで。」第十二話

「彼と彼とが、眠るまで。」第十二話

第一部 記録/安寧の学園(十)

 十二の月を数えるころになると、もうすっかり風は乾いて、日中もすっかり肌寒くなっていた。じきに、島はしんと白く染まり、本格的な冬が訪れるだろう。季節の移ろいを予感しながら、アイは薄曇りの空を見あげた。
 二学期の野外訓練について、アイたちは総合的にかなり優秀な成績をおさめたといってもいい。イナサはぼんやりとしているように見えたが、いつも平生としていて視野が広く、回

もっとみる
「彼と彼とが、眠るまで。」第十三話

「彼と彼とが、眠るまで。」第十三話

第一部 記録/安寧の学園(十一)

 純暦一九一四年。十二月末。
 冬期休暇のただなかにある生徒寮は、いつもより閑散としていた。多くの生徒は、長期休暇を迎えると里帰りをして、家族と過ごす。たとえ国際会議が迫っていても、大半の生徒たちはあまり気にしない。彼らにとっては、自分が年の瀬をだれとどう過ごすかのほうがとうぜん重要であり、国際的・社会的な問題は、興味の外だ。
 その日、暇をもて余したアイは、ケ

もっとみる