『アウシュヴィッツの図書係』アントニオ・G・イトゥルベ
はじめに:絶望の中の楽しみ
ご存じかもしれないが、女史はイスラエルとユダヤ人に多大な興味関心を寄せており、彼らの歴史を大学時代より研究し続けている。
生まれ育った国で、もしくは強制収容所で人権を剥奪され、家畜以下の扱いさえも受けた人々が、イスラエルという大国を創り上げ、この世の覇権を握る。女史は彼らの偉大さに対して溢れ出す敬意を止めることができない。(*参考までに、女史はイスラエルが行う全ての政治活動に賛成をしているわけではない。彼らの対パレスチナ政策には女史は疑問を覚える。)
今回紹介するのは、アウシュヴィッツ内の極秘の図書館で本を管理していた少女の実話である。
少女は生き延び、今はイスラエルに暮らす。もちろん、彼女はイスラエル入植当初から文字通り汗水たらして現在の偉大なるイスラエルを築き上げたユダヤ人の一人である。
そして、女史のnoteをどう読むか、こちらを参考にしてくれ。
命がけの娯楽:強制収容所の図書館
本書は、アウシュビッツ収容所が舞台である。主人公は14歳の少女、ディタである。
アウシュビッツ収容所では、収容されているとあるユダヤ人たちが、極秘で小さな学校を開いていた。収容所には、大人だけでなく、もちろん子供たちもたくさんいた。このような組織的活動を収容所内で行うことは、アウシュビッツ収容所では死に値する。それでも、そんな子供たちに学校を開いてあげようという、大人たちの試みで始まったのである。
学校というからには、勉強するための教材が必要である。
実は、アウシュビッツ収容所には、とあるユダヤ人がひっそりと持ち込んだ本が8冊だけ隠されていた。学校の先生たちは、この本を使って授業することを決意する。しかし、授業を行う際に、毎回監視を掻い潜って本の隠し場所に行き、授業が終わった後にまた本を隠すことなど大の大人には不可能である。抜き打ちの持ち物検査が幾度もあるため、自分のベッドに隠しておくことも困難である。
そこで選ばれたのがディタであった。本を、必要な先生の元に運び、使い終わったら隠し場所に持ってくる役目である。賢くて熱意ある少女ディタは、この役目を引き受ける。もちろん、ミスをすれば、SSから殺されることは言うまでもない。
ディタは何度も危ない目にあいながらも、本を大切に隠しながら、うまく状況を切り抜けていく。
あるシーンでディタが壊れかけた本を修理するシーンがある。人権さえ奪われた状況下で、本という存在が、いかにディタそしてその他の人々の拠り所になっていたか理解できる、哀しいシーンである。
最終的に彼女は立派に図書係の役目を果たし、終戦後、母親と共に収容所から解放される。
おわりに:哀しい喜び
人権を奪われ、死と隣り合わせの日々を送るとしたら、人は何を拠り所にして生きていくのか。死んだほうがマシである、と思わずに生き残るには、どうすればよいのか。
本に登場する彼らが選んだのは、学校を開くことだった。収容所の中で、別の世界を作り上げたのである。学校の先生役の人も、生徒たちも、皆これを心の拠り所として生きた。生徒でもあり、図書係でもあったディタは、図書係としての誇りに生きる価値を見出した。
これを読んで、女史は、美しい物語だとは思えなかった。本を読む、学校を開く、皆でおしゃべりをする。これさえも許されない日々を強要された登場人物たちは、秘密の学校というものに喜びを見つけた。学校に行って勉強することが普通の人権として保護されている今、秘密の学校とは、なんと哀しいものだろうか。
ディタは生き残ってイスラエルに移住し、少なくとも今は幸せに暮らしている。これが本著の唯一の救いである。
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