見出し画像

映画レビュー『カセットテープ・ダイアリーズ』(2019)音楽には人を変える力がある

書くことを愛する主人公

イギリスのジャーナリスト、
サルフラズ・マンズールの回顧録を
映画化した作品です。

主人公は、幼い頃に一家で
故郷のパキスタンを離れ、
イギリスに移住しました。

移民先は、ルートンという
郊外の田舎町でした。

彼は、幼い頃に両親から、
ダイアリーをプレゼントされ、
日記を綴るようになります。

日々の思い出、悩みなど、
さまざまなことを
日記に書き続けました。

やがて、高校生になった彼は、
詩も書くようになり、
将来の夢もできました。

その夢は作家になることだったのです。

’80年代のイギリスの社会問題

本作でメインに描かれている
’80年代のイギリスでは、
公共投資を抑えた経済政策で、
貧富の差が拡大していました。

’83年には失業率が過去最悪の
11%に達し、翌年には
失業者の数は300万人を
突破したとも言われています。

一方で、戦後からイギリスでは、
労働力の不足を補うために、
積極的な移民政策が
取られてきました。

ちょっと待ってください。

聡明なる読者のみなさんは、
ここに疑問を感じないでしょうか。

「失業者が多い」のに、
「労働力が不足」というのは、
明らかに矛盾していますよね。

これは企業が、
国内の「単価の高い労働力」よりも、
移民の「安い労働力」を
使いたかったからです。

公共投資を極端に減らすと、
このような現象が起こります。
(ちなみに、形は違えど、
 日本でも30年くらい
 そんなことが続いている)

余談ですが、
こんな時代背景もあって、
当時のイギリスの音楽には

暗い影を感じさせるものが多く、
それは今日でも伝統として
引き継がれている気がします。

国内の経済の不安定さの
影響もあったと思われますが、

‘80年代のイギリスでは、
移民に対する人種差別が
深刻化していました。

有色人種に対する偏見、
そこに経済不安も加われば、
「移民が自分たちの仕事を奪っている」
と考えるのも無理はありません。

そんな時代の中、
青春まっさかりだった主人公は、

「厳格な父の束縛」
「親の収入の不安定さ」
「人種差別」
という三重苦を抱えながら、
鬱屈した時代を過ごします。

音楽には人を変える力がある

そんな彼の人生を
大きく変える出会いがありました。

ブルース・スプリングスティーンの
音楽との出会いです。

ブルースは’70年代から
活動しているアメリカの
シンガーソングライターです。

主人公は、同じくパキスタン系の
クラスメイトにブルースの存在を
教えてもらいました。

名場面の多い本作ですが、
中でも主人公がはじめて、
ブルースの音楽を聴くシーンは
圧巻です。

彼はその日も父と口論になり、
気分がふさぎ込んでいました。

それまで大事にしていた、
自分の詩を
すべて、捨ててしまったのです。

そんなタイミングで彼は、
クラスメイトから受け取った
カセットテープを
ウォークマンに入れて再生します。

その音楽が流れてきた時、
彼の中に雷のような
衝撃が走るのです。

ここからブルースの楽曲を BGM に、
ミュージックビデオのようなシーンが
しばらく続きます。

ここが非常にいいんです。

私自身は、ブルースの名前は
知っていたものの、
彼の音楽は聴いたことが
ありませんでした。

彼の音楽は
アコースティックギターを
中心にした泥臭いサウンドですが、

このシーンで聴こえる
楽曲には非常にポップな響きを
感じました。

当時のイギリスでは、
ニューウェーヴやエレクトロポップが
全盛の時代ですから、

’70年代のアメリカで流行った
ブルース・スプリングスティーンを
聴いている若者は少なかったようです。

私自身も高校時代に、
周りが聴いていないような
古い音楽を聴いていたので、
なんとなくシンパシーを感じますね。
(私が主人公と同じように
 衝撃を受けたのは YMO でしたが)

ブルースの曲、特にその歌詞には、
普遍性があるのです。

そこにあるメッセージは、
「人種も時代も関係なく、
 不屈の精神を持って、
 自分の人生を生きること」

以来、主人公は、ブルースの音楽から
たくさんのメッセージを受け取り、
人生を大きく変えていくことになります。

ブルースの音楽を聴いて、
主人公の人生がどう変化するのか、
その結末は、ぜひ、あなたの眼で
確かめてみてください。


【作品情報】
2019年公開(日本公開2020年)
監督:グリンダ・チャーダ
脚本:グリンダ・チャーダ
   サルフラズ・マンズール
   ポール・マエダ・バージェス
原作:サルフラズ・マンズール
出演:ヴィヴェイク・カルラ
   ヘイリー・アトウェル
   ロブ・ブライドン
配給:エンターテインメント・ワン
   ワーナー・ブラザース
   ニューライン・シネマ
   ポニーキャニオン
上映時間:117分

【同じ監督の作品】

【ブルース・スプリングスティーンの作品】


この記事が参加している募集

#映画感想文

66,844件

サポートしていただけるなら、いただいた資金は記事を書くために使わせていただきます。