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活況を帯びる森林クレジット、背景と展望

森林クレジット価格は急上昇


2022年5月、世界銀行による報告書「State and Trends of Carbon Pricing 2022 (仮訳:カーボンプライシングの動向2022)」が公開されました。

https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/37455

企業による脱炭素に向けた動き、特に温室効果ガス排出量のネットゼロ宣言などが続く中、森林クレジットへの需要はどう変化しているのかを見てみると、森林クレジットの価格はここのところ右肩上がり。特に吸収クレジットは、2022年3月時点で、1クレジット当たり19ドルまで上昇し、わずか半年間で約1.5倍の上昇率だと報告されています。

吸収クレジットとは、森林クレジットの中でも二酸化炭素の吸収を対象としたプロジェクトを指し、その代表例が植林です。なお、高い上昇が見られるのは、この吸収クレジットのみで、熱帯林減少・劣化に伴う排出量の回避を目的としたプロジェクトは同時期の価格は7ドル程度(吸収プロジェクトのクレジット価格の約4割)と、クレジット量で最大のシェアを占める再生可能エネルギープロジェクトのクレジット価格とほぼ変わりません。

価格急上昇の背景


それではなぜ、森林クレジット、特に植林などにより創出された吸収ベースのクレジットの価格が上昇したのでしょうか。背景にあるのはやはり企業によるネットゼロ宣言です。ネットゼロの目標達成に向け、自社でどうしても削減できない温室効果ガス排出量の相殺(オフセット)に実務レベルの具体的な関心を持つ企業が増える中、比較的自社単独でもアプローチ・管理しやすい類のプロジェクトとして植林が検討されているようです。実際、植林プロジェクトの場合、企業が自社で実施して、そのクレジットを自らの目標達成に使う場合が多いようです。

一方で、自社のネットゼロ宣言とは別に、地球規模でのネットゼロ達成に貢献するため、クレジットを購入する企業も増えつつあるようです。この場合、クレジットを購入してもその権利をキャンセルする(=オフセットに使わない)ことで、地球のために排出削減に貢献したという説明がつきます。このような環境意識の高い企業にとっては、炭素以外のコベネフィットが期待でき、SDGs達成にもつながる森林クレジットが魅力的であるため、そうした企業の増加に伴って価格が上昇していると見られています。

求められる管理のしやすさ


ここで重要な点は、植林と同等かそれ以上に、熱帯林の減少・劣化を止めることが地球規模の緊急課題だということです。前回の記事でご紹介した「熱帯林クレジットの十全性ガイド(Tropical Forest Credit Integrity Guide、通称TFCIガイド)」でも、熱帯林減少による排出量削減は緊急課題であるため、吸収クレジットの関心が高まってはいるものの、熱帯林の減少を抑制するプロジェクトやプログラムからのクレジットを優先させること、とのガイダンスが出ていました。

企業が森林クレジットを選ぶ際に、少なからず管理のしやすさを優先させる傾向にあるならば、意欲的な企業が熱帯林減少・劣化の回避を目的としたプロジェクトからも安心して質の高いクレジットを購入できるようにするための仕組み作りが必要です。熱帯林クレジットの十全性ガイドも、その一例と言えます。

まとめ


ということで、本報告書のポイントを私なりにまとめました。

  • 森林クレジットの価格は上がっている。特に二酸化炭素の吸収を目的とした植林プロジェクトのクレジット価格の上昇率が高い

  • 企業のネットゼロ宣言達成のためにどうしても削減できない排出量をオフセットするため、比較的自ら管理しやすい植林プロジェクトへの関心が高まっている傾向がある。

  • 企業の中には地球規模でのネットゼロ達成とコベネフィットを通じた地球環境への貢献に意欲的な企業もある

  • 植林ではなく、熱帯林減少・劣化の回避を目的とするプロジェクトによるクレジットを企業に優先させやすくする仕組み作りが必要。

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「もっと知りたい世界の森林最前線」では、地球環境戦略研究機関(IGES)研究員が、森林に関わる日本の皆さんに知っていただきたい世界のニュースや論文などを紹介します。(このマガジンの詳細はこちら)。
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文責:梅宮 知佐 IGES気候変動とエネルギー/生物多様性と森林領域 リサーチマネージャー(プロフィール

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