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名詞/Noun

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2018年7月の記事一覧

『納豆』#205

納豆が嫌いな時期は、一度たりとも無かった。納豆が“くさい”ということも半分理解しつつ、もう半分では“においがある”くらいにしか捉えていなくて“くさくはない”と考えている。つまり、私にとって納豆への嫌悪感は無い。嫌う要素がない。モノとしてみれば、だ。そのモノが、もし他人へと伝播する要素を持って私を侵食したとすれば、話は別だ。納豆を食べる日は必ず私は味噌汁を合わせる。納豆の粘りは、味噌によって解消されることをたしか、ためしてガッテンで知った。たとえば納豆を触ってネバネバと糸を引く

『まんじゅう』#204

まんじゅうに限った話ではなく、こうしてある名詞のひと単語にフォーカスしたとき、私たちは何をもって、ある対象とある言葉とを結びつけているのだろうかと、頭の中では白く次第に濃く深く霧が立ち込める。ひとつ、答えは出ていて、というか本を読んで納得したことで、それは、経験記憶による記憶心像があることで「あぁあれか」と“わかる”こと。“わかる”ためには心像があってそれを頭の中に、あるいは網膜の裏側に、呼び出すことができてやっと可能になる。だから当然、まんじゅうを見たことがなければまんじゅ

『左足』#203

何について書こうか考えているうち、どっかり座った椅子から投げ出して本棚につかえさせている右脚をみて、「片足について書くことってものすごく難しいのでは?」と思って、やってみようかと思った。いかに、もう片足を補助として、片足で立つか。立たせるか。 利き足は、右足。たぶん。少なくとも腕と手は右で、右を使い続けて発達してきた。ハンド部でボールのハンドリング良くできればいいなと左手で日常動作をできるように練習して大概のことが左手でもできるようになったけど器用にやろうと思えば右手。ふつう

『風』#202

サカナクションは「多分、風」という凄まじく口語的なタイトルで楽曲を作った。高校生卒業までに習った理科の類いで、最終的にもいまひとつ納得がいかない「自然現象⇄科学理論」の関係のひとつ。風。ちなみに、ベストオブ納得がいかない「自然現象⇄科学理論」関係性は、縦波(疎密波)と横波との違いで水面の波は縦波であるということ。わかるような気がしつつ納得までは至らない、という感じで。 風は、換気扇とか扇風機とか、ファンを動かして機械的に気流を生み出すその現象は、納得がいく。ただ、広く地球上で

『スーツケース』#201

先の2つはペア記事のように初めと終わりをシンクロさせて書いた。今回は蛇足のような、スーツケースの話。 スーツを入れて運んだこと無いようなそんな大人になってはいるけれどそれでも「スーツケース」と言われればあの、海外映画でなら洒落た紳士が片手で持つ革製のバッグで例えば映画ターミナルならトムハンクスがパンパンにして持っているあのカバンであって、あるいは空港でガラガラと音を立ててフロアを各人が転がしているトローリーケースであって、決して一様では無いけれどとにかく、衣類や化粧品やはたま

『トートバッグ』#200

持ち運びに使う所謂カバンの中でもっとも高頻度で使うのがトートバッグ。これは他の追随を許さない。 とにかく軽い。パッパッと持ち物を入れてサッと引っ掴んで外出できる。そして外出先でバッグのなかの持ち物を探しやすく出しやすい。全体的に手数が少なくて済むのがトートバッグの良さだ。気楽。 ハマるきっかけは、高校生くらいの頃にしばしば行ってた古着屋さんで目についた、けっこうでかめのトートバッグ。底マチが広くてしかも厚手の生地を重ねたネイビーの底側と生成りの上側でツートンカラーの外見、容積

『リュックサック』#199

持ち運びに使う所謂カバンの中でもっとも安定して安心して使えるのがリュックサック。これは他の追随を許さない。 幼稚園の遠足も、小学校の自然教室も、中高の修学旅行も、成長期の体格の変化に応じて使い分けてはきたけれどどれにしてもリュックサックだ。だった。多めの荷物を入れても、両肩で受けて身体の中心線で支える。腹筋と背骨!って具合。とにかく身体にとってバランスよく効率よく、強い部位を利用できるのがいい。重いものを持てば当然疲れる。身体の左右片側に負担をかけるショルダーバッグやトートバ

『ハーフタイム』#198

サッカーから頭が離れない。いや、頭からサッカーが離れない、だな。一心同体のような心地だ。サッカー脳で頭が休まらない。 そんな時こそハーフタイムを挟むべきだ。 なんて、一時的な休息を表すことばとして使ってみることしばしば。仕事中の、お昼の休みとは別の、一連の時間の中間くらいに挟むつもりの休息。頭を休め、身体を休め、パソコンや身の回りの道具をも休め、オーバーヒートを防ぐ。神経はすり減らし続ければ切れてしまうし。体力は使い続ければ果ててしまうし。そして、ハーフタイムの醍醐味は休息だ

『文』#195

7月の到来。日本では文月と呼び習わす。そう、呼んだことはない。しゃれて「7月はたしか、文月だったね」と、そうかました記憶があるようなないような。文月自体の語源は、ひとつには短冊に文字を書く七夕の行事に因んだ説、もうひとつには稲穂の膨らむ時期であるから穂含月または穂見月から転じて起こった説、これらがあるそうな。ほんとうに日本は、暦や言い習わしにおいて米とともにあるなぁと誠に感じ入る。月とか。 短冊に文字を書くことは七夕に任せるとして、こうして文章をつらつらと書き記すことも文月の

『網入りガラス』#194

多くの、街中に住むひとの家の窓にはめられているガラスは、格子状に鉄線の網が入ったものなのではないかと思う。例外があるとすれば、網無しの透明にこだわって設計された家か、法令がゆるかったころに建てられた古い家であるか、または街中でなく周りにたてこむ隣家がなくて「延焼のおそれ」がない窓であるか、そのうちのどれかであるだろう。 網入りガラスは割れた時の飛散を防ぐ仕様があるために延焼のおそれのある窓に用いられている。火事が起きて窓ガラスに高温の熱が加えられたとき、ガラスは破損する。これ

『ワード』#193

前2つの表計算ソフトと紙芝居ソフトについては他のアプリケーションへ移行することなく多少の浮気こそあれファーストチョイスにガッチリ固定されているのに対し、ワードプロセッサ・文章書きのソフトは用途によりけりといった感じでワードの地位は抜きん出て高いこともなく、多くのソフトの中の1つ、つまり使用優先度も頻度も高くないことを白状せねばなるまい。 なにせこうしてほぼ毎日書く千文字くらいの文章はiPhoneのEvernoteだし、大学のレポート課題でもパソコンのEvernoteを使って書

『パワーポイント』#192

どうせなら連関させてみようかと思って。明日はワードだ。 スライド作成及びプレゼンテーション用ソフト、でいいのかな。エクセルはパッと「表計算ソフト」と知っていたけれどパワーポイントについてはピンとくる名称がない。単にプレゼンテーションソフトでいいのかな。 Microsoftの代表的なソフト3つ、三種の神器は中学校ではじめに習った。習ったというか、アプリケーションを開いてお遊戯したってくらいが妥当。海外旅行の前に「フォークとナイフは使ったことがある」って慣らしておくような、初使用

『エクセル』#191

シオールと続くあのコーヒーチェーン店ではなくて、表計算ソフトのあの、エクセル。Excelのこと。Microsoft社のアプリケーションで、表計算を主に行う、列と行からなるマス目を駆使した、グリッド!のインターフェース。 あれ、初めて見たときからインターフェースのぱっと見の印象というか、頭に思い描く画面イメージって、ほとんど変わらない。これが、すごいことだよなぁと思うわけです。それは、ワード、Wordにしても、パワーポイント、PowerPointにしてもそうで、言い方はいくらか

『おにぎり』#190

ここんところ定義のややこしいものに触れていってしまっているような気がして、おにぎりを選んではみたけれど近頃の創作多様性はものすごいもので、「おにぎらず」という食べ物が生まれているようなのでこれはまいった。とはいえ、おにぎりに何か芯というか確たる核たるものがあるからこそ、反動的な「おにぎらず」が誕生したのだろうと思えばやはり、共有可能な定義あるいはイデアが存在するものとしておにぎりを扱うことは決して難しいことじゃない。 夜勤がはじまってから、晩御飯と夜食のためにとおにぎりを作る