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お父さんお母さん 聞いてよ触れてよ 子供の心


前回、父の話をしたので

今回は、母のお話です☺︎

父は父でなかなかの変わり者ですが、母も母で結構、独特です。笑
(ジャンル違いで)

ちょっと、私の幼少期の悲しかった気持ちも織り交ぜてあります。

ここに書くことで、供養させて頂こうと思います☺︎

お逝きなさい…!


今回のタイトル…なんだと思いますか?

これ、私が小学校低学年の時に応募した、標語コンクールの入賞作品です。

我ながら、自分でも
よく覚えているなぁ。と感心するのですが

私は変な所で記憶力めっちゃいいです。
時々、驚かれる。笑


ちなみですが、この標語

考えたのは私ではありません!笑


今でも、鮮明に覚えている。

母が、突然言ってきた。

「くろこちゃん、この紙に、今からお母さんが言うこと書いて」

よく分からないけれど、言われるがまま書いた。

2つ、書く欄があって

ひとつが
〝コロコロ転がる子供の心〟

そして、もうひとつがこの
〝お父さんお母さん 聞いてよ触れてよ 子供の心〟

低学年だったから、ひらがなだったかも?

母「これを、明日先生に提出してね!」

よく分からないけど、次の日に提出した。

そしてしばらく経ったある日、先生から言われる。

「くろこさんの標語が、コンクールで入賞したから
今度の朝会の時に賞状を渡しますね」

みんなの前で校長から貰うドキドキなやーつ!


家に帰って、母に報告した。

「お母さん、なんか標語?が入賞したから、今度賞状がもらえるんだって〜」

その瞬間、母の顔がパァァァ!と輝いたのが、子供ながらに分かった。

母「え〜!!本当!?どっち?どっちの標語!?2つ書いたでしょう!?」

私「えっと…お父さんお母さん…ってやつの方」

母「あ〜っ!そっちかぁ〜!!えー、意外だったなぁ〜!もうひとつの方が自信あったんだけど〜」

こんな感じの顔で言われた記憶

どうやら、母的には
コロコロ転がる子供の心…の方が自信作だったようだ。

なんかよう分からんけど、その後
私は全校朝会で表彰された。

心の中で
(お母さんの作品だけど……)
と思いながらwwwww



そしてその後も、母が突然

これから○○を書くよ!
ここに○○を描いて!

と指示する事が度々あった。

標語だけでなく、時には絵も。

絵に関しては、私は全力で拒否した。

絵を描くことは、幼稚園の頃から大好きで
自分の頭の中に描きたいイメージが次々とあったからだ。

「自分で考えて描きたい」

これが、今思えば
母の地雷を踏み続けていたのだろう……笑

更に、当時の私は下書きが嫌いで
かなりインスピレーション派だったので、笑
下書き無しで描き始めることが多かったのだが

それも母的には気に食わなかったみたいで
「下書きをしなさい!!!」
と、よくキレられてた思い出。

でも、私は言うことをきかないよ。笑

あれなんだよね、下書きしたら見せなさいって言われて…必ず入る〝母チェック〟が嫌だったのも、ある。

   自分の作品、直されるのが嫌だった


母は私に指図できなくなり、諦めたのか

今度は妹に指示して描かせるようになった。

母が下絵を描き、妹に色を塗らせる…

自分で描きたい構想がある身としては、かなり異様な光景だった。笑

小学生の時って、結構、色んなコンクールがあるんだよね!
(夏休みとか特に)

なので、毎年、色んなのに応募しては
ありがたい事に、入賞する事も多かった。

自分の頭の中にあったものが、紙の上で具現化する。それが、他者に認められる。

少し恥ずかしいような、嬉しい気持ちだったのを今でも覚えてる!

なので、○○を描きなさい!と言われるのは嫌だったけど、(そして従わなかったけど)
こういうコンクールに応募する機会をたくさん持ってきてくれた母には感謝かな☺︎



と、なぜこの話をしたかというと

この前、両親と妹と観光していた時に
この話になったから。笑

妹は妹で、やはり自分で最初から描いていない作品で表彰されることに気まずさがあったらしい。(そりゃそうだ)

そう、母の作品
妹の作品もちゃんと入賞していた。

それに対して、母は
「色塗りしたんだから、立派な妹ちゃんの作品よ〜!」と答えていたかな。

前回、父は〝ソロ活動志向〟と書いたけれど

うん。きっと、

母はプロデューサー志向なんだろうな…と
この時にぼんやり思った。

対して、私はクリエイター志向すぎたのかも?笑

娘を介して自分のコンセプトを実現したい母と、

それを拒否して自分の思ったようにゼロからやりたい私。

相性は最悪だったと思う。笑

私は三姉妹の次女なんだけど、
幼少期、1番母からの当たりがキツかったように思うのも、これが関係しているのかも…?

よく「可愛くないっ!」ってキレられてた、悲しい記憶……笑
(結構、真に受けて傷ついてた)


自分のプロデュースした作品が選ばれる、
というのが
その当時の母の喜びだったんだろうな〜。

敏腕プロデューサー・母からすれば、
セルフプロデュースをする私はとっても厄介な存在だったに違いありません。笑


そして最後にもうひとつ、悲しいことを言うけど

どんなに凄い賞を取っても、表彰されても

母から直接、絵を褒められたこと…実はあまり、ありません。笑

「先生が褒めてたわよ」という言い方をされるw

父は、「さすがお父さんの子だ!」と一応、褒めてはくれるのですが…
(父はめちゃくちゃ絵が上手い。特に風景画)

絶対にそこから自分が昔に描いた絵を持ってきて、解説が始まるのです。
(それが、すっげぇ嬉しそうに、得意気に話すんだよね。笑)

なので最終的に

「お父さんすごいね!上手だね!」
「お父さんには敵わないや!」
などなど

こちらが言わなければならない展開になるので
あまり褒められた気分にならなかったかな…( ◠‿◠ )笑

     立場が逆転!!!笑
(あれ?褒められてたの私のはずなんだけどな)

こうやって振り返ってみると、

私のいつもの自信の無さは、
こういう所からくるのかもです。
幼少期に親から褒められる経験って、大事なんだと思う。


お父さん、お母さん

聞いてよ触れてよ、子供の心。

この標語、そっくりそのまま

うちの両親にお返ししましょうか。笑


良かったら、父の話もどうぞ☺︎


それでは、最後まで読んでくださって
ありがとうございました♫



#エッセイ #親子 #母親 #承認欲求 #家族 #父親
#自己肯定感 #自信 #豆腐メンタルクリニック

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