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連続note小説「MIA」

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連載小説:MIA(Memories in Australia) 【*平日の正午ごろに連載を更新します】  22歳の青年・斉藤晶馬は、現実から逃避するように単身オーストラリアへ渡っ…
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2022年5月の記事一覧

連続小説MIA (20) | Memories in Australia

ブリスベン空港へ到着するころには、辺りはすでに夜の気配になっていた。日中の暑さとは反対に、肌寒さを感じる。空港ターミナルの入り口近くにあるミートパイのキッチンカーも、すでに店じまいを始めている。なにか食べ物が欲しい。僕は空腹を感じるが、辺りは芝生が整備されているだけの殺風景な場所だった。店を探してしばらく歩いた。すこし進んだ所に古いパブがあった。店内に入ると人は少なく、照明は暗かった。そこはオーストラリアにはよくある雰囲気のパブだった。オーク材で作られたロココ調の英国アンティ

連続小説MIA (21) | Memories in Australia

僕の手荷物が少ないのは理由がある。オーストラリアに来てから買ったCDや本、それから親しく人々からもらった手紙や私物は、冬の洋服と一緒に日本へ送ってしまっていた。これまでにも数回、そんなふうに日本へ発送している。それらを手元に置いておけるなら、もちろんそうしたい。けれど、1か所に長く定住せず、頻繁に移動することを前提としている僕のようなバックパッカーには不向きな選択だ。物は、思い出を含んでいる。それらは記憶のトリガーとして働くこともある。ひと月ふた月、同じ拠点で生活していると、

連続小説MIA (22) | Memories in Australia

夜10時、晶馬はバックパックを枕にして、ブリスベン国際空港の待合ロビーのプラスチック椅子で横になっていた。タオルで顔を覆っていても、天井照明が煌々と明るい。これ以上無いというくらいに体は疲れているのに、上手く寝付くことが出来ずにいる。彼はイヤフォンで音を遮断しようとするが、頭の中の雑音までは消すことが出来なかった。脳が興奮して、いつまでもおしゃべりを続けている。彼はポケットの所持金を思い、ブリスベンにとどまるべきか、他の場所で仕事を探すべきか迷いはじめた。考えるべきことはたく

連続小説MIA (23) | Memories in Australia

空港の建物から一歩出ると、寒さが身に染みた。周りに建物はなく、吹きさらしの空港付近では風が強い。そのため、体感温度はさらに低く感じられる。行く当てもないので、フィッシュアンドチップスを食べたパブがあった方へと、時間をかけて歩いていった。背を丸めて、ゆっくりゆっくり歩いた。それでもすぐに店についてしまう。初めてではない場所へ行くのは、近く感じる。この現象を「リターン・トリップ・エフェクト」というそうだ。この感覚を引き出しているものは、見積もりの誤差によるもので、はじめての道は掛

連続小説MIA (24) | Memories in Australia

ブリスベン国際空港はいまや遥か後方にあり、よもや引き返そうとは思わないほど離れていた。背後には、等間隔で並ぶ、オレンジ色の街灯が並んでいるだけであり、人気というものは全く感じられない。日中であれば、このエリアで働く人々による活気があるのだろう。港湾倉庫とおもわれる巨大で無機質な建物は見えるものの、コンビニひとつ見当たらないのだ。(日本のように、どこにでもコンビニがなく、自動販売機すらも道端には無い)晶馬は疲れ、時間の感覚すらもなくなりつつあったが、ここで足を止めるわけにはいか

連続小説MIA (25) | Memories in Australia

噴水のある場所へと近づくと、公園の入り口のようになっていた。少し休むことにする。空港からずっと歩き続けた足は、立ち止まってもなお、動いているような錯覚に陥る。噴水の中心に据え付けられている時計を見ると、時刻はすでにAM2時に向かっていた。水面近くから吹き出す水がわずかな照明でライトアップされ、周期的に作り出される水の造形を揺らしている。もちろん、こんな夜中には誰もいるはずがない。誰かに見てもらうための水の造形を、誰も見るはずがない時間に、僕だけが見ている。そのことが不可思議で

連続小説MIA (26) | Memories in Australia

この場所が、誰もいない真夜中の噴水公園でなければ、こんなにも恐怖心を煽られることはなかったのかもしれない。彼らはなぜ立ち止まっているのか?噴水をはさんだ二人の姿は、暗闇のなかで幹線道路の照明を背に受け、逆光となっている。彼らの表情が読めない。けれども、彼らがなにか話をしながら、こちらを伺い見ていることはもはや疑いようのないことだった。僕はじわりと嫌な感じがした。彼らとの距離は、直線距離でおよそ40mほど。噴水があるため、実際の移動距離はもう少しあるだろう。僕は、飲んでいたミネ

連続小説MIA (27) | Memories in Australia

林の方を振り返る。誰も追ってきている様子はない。前を向くと、木々の間から見えていた高層ビル群はすぐそこにあった。思っていた通り、林の道はビジネス街に繋がっていたのだった。僕はその場所から目についた暗がりの脇道に入り込んだ。万が一のために、身を隠す。僕は自分のことをネズミのようだと思った。ダクトや配管が集まっている狭い道を進む。日中は関係者以外通行禁止となる場所だろう。行き止まりの可能性があったが、幸い、通路は別の大きな通りに繋がっていた。定間隔に配置されている外灯は白く道を照

連続小説MIA (28) | Memories in Australia

視線をあげると、遊歩道へつづく道が見える。歩道は緩やかな上り坂となっており、その先には、歩道橋がある。歩道橋を歩き進むと、開けた場所に出た。複数の歩道橋が交わる広場になっており、いわゆるペデストリアンデッキが形成されている空間だった。その広場の外周に沿って足元を照らす照明が配置されていて、付近は仄かに明るくなっている。祭りの後のステージのように見える。誰もいない。ぐるっと一周してみると一か所、地上と繋がる階段がある。僕はその場所を選び、傍らの地面にゆっくりとギターを降ろした。

連続小説MIA (29) | Memories in Australia

人々が行き交う足音で目を覚ました。すでに陽は高く昇っており、歩道橋はスーツを着た通勤者で溢れている。晶馬は昨日の出来事を思い出す。ああ、そうだった。昨日は散々な日だったのだ。通勤者は、僕とは違う、真っ当な人々である。晶馬の目にはその光景がどこか非現実的で滑稽なものとして映った。敷石の路上は固く、埃っぽい。朝のブリスベンは空が高く、さんさんと光が降りそそいでいる。その太陽のもとで自分自身の身なりを見返すと、我ながらみすぼらしい姿だと思った。衣服は薄汚れ、洗っていない髪の毛は固く

連続小説MIA (30) | Memories in Australia

歩道橋から急こう配の階段を下りて行った。いま自分がいる場所がどこなのか見当がつかないが、交通量の多い道路であることは理解できた。道沿いに歩いていけば適当なバスストップが見つかるだろう。そこで路線図を見れば、長距離バスに乗り換えられそうな大きな駅が見つかるはずだ。歩道橋を降りたあとは西へ行くか、東へ行くか。朝の光はとてもきれいだと思った。その理由で東へ進むことを選んだ。高層ビルの地上階に入店している洒落た店が続く。自分がみすぼらしく、ガラスのショーウィンドーに映る自分を直視でき

連続小説MIA (31) | Chapter Ⅱ

Ⅱ Brisbane Transit Centre に到着した僕は、チケットカウンターへと向かった。つまらなそうな顔をしていた受付嬢に声をかける。「バンダバーグへいきたいのだけれど」僕がいうと、彼女は今日の午後の便をアレンジしてくれた。値段を訊くと120ドルという。彼女は、パソコンに向かってキーボードをたたく。予約を取る段取りが進んでいく。僕は慌てた。ちょっと待って、運賃70ドルでアレンジし直してくれる?と言うと、受付嬢は一瞬怪訝な顔をしたが、Noosa(ノーサ)という場所ま

連続小説MIA (32) | Chapter Ⅱ

正午を回った頃にブリスベンを出発したグレイハウンド・バスは、軽やかに北上を続ける。様々なことが思い出されるブリスベン国際空港付近を通過する。疲労、焦り、恐怖といった悪いイメージを持っていた建物も、日中の光の中で見ると印象がまるで違う。白色の構造物とガラスが美しい、国際空港だった。バスは、ハイウェイに乗る。行楽シーズンのためか、バス車内はサンシャインコースト方面へ向かう車内は乗客でほぼ満席であり、カラウンドラを過ぎる頃には人の密度で息苦しさを感じるくらいだった。高速バスは何のト

連続小説MIA (33) | Chapter Ⅱ

自分を取り巻く環境、などというものは僕が思っているよりも偶発的なもので、そこに理屈などは存在しないのかもしれない。 たかだか10分先の未来の感情すら予測できないのに、どうして1年後の自分が想像できよう?(人の純粋な感情には理屈がなく、未来予測の観点からはまったく当てにならないものなのだ)気分次第でころっと変わるのだから自分が嫌になる。僕は誰とも話したくなかったのに、結局は熱心に話し込んだ。バスの隣に座っていた彼は、関西地方出身の26歳だった。僕の四つ年上に当たることがわかっ