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連続小説MIA (28) | Memories in Australia

視線をあげると、遊歩道へつづく道が見える。歩道は緩やかな上り坂となっており、その先には、歩道橋がある。歩道橋を歩き進むと、開けた場所に出た。複数の歩道橋が交わる広場になっており、いわゆるペデストリアンデッキが形成されている空間だった。その広場の外周に沿って足元を照らす照明が配置されていて、付近は仄かに明るくなっている。祭りの後のステージのように見える。誰もいない。ぐるっと一周してみると一か所、地上と繋がる階段がある。僕はその場所を選び、傍らの地面にゆっくりとギターを降ろした。何が起こるかわからない時には、複数の選択肢があるほうがいい。こうしている間にも誰一人ここには来なかった。今も誰ひとりいない。やっと一息つける気がした。側にある階段は急こう配であり、ほかの場所と比べて人の通行量は少ないだろう。空はすでに朝の気配を漂わせているが、街が動き出すまではしばらくの時間があるだろう。すこし仮眠をとろう。そして、目が覚めたら、この街を離れ、北へ行く高速バスへ乗ろう。今の自分にはブリスベンで暮らすことは不可能だ。この所持金ではアパートを契約することも出来ない。現実的に、生活の基盤を元に戻すには、元手のかからない仕事をして少しずつ資金を増やすしかない。元手のかからない仕事、つまり肉体労働だ。Bundaberg(バンダバーグ)、という町の名前を知っていた。有名なラム酒にもその名が冠されている。その町では、年中、大規模な農作業が行われている、という情報を聞いていた。明日起きてから、考え直そう。今僕はひどく疲れていた。地面に腰を下ろし、バックパックから自転車用のワイヤーロックを取り出す。そして、履いているジーンズのベルトループとギターケースの持ち手に繋ぐ。こうしておけば、寝ている間に、万が一だれかにギターを持ち去ろうとされても気付くことができるはずである。歩道橋の路面は、排気ガスや何やらで灰色に汚れていたが、それには構わずに横になった。寒さで背中がゾクっとなったが、目を閉じるとすぐにでも眠れそうだった。空港からここまでに起きた出来事は夢か、真か。昨晩からの様々なことがフラッシュバックし、全然寝付くことができなかった。寝返りを打ち、ふと薄目を開けた。すると、僕の目の前には、ちいさなちいさなカマキリがいた。立っていた。生まれて間もない、子どものカマキリ。体長わずか数センチしかないそいつは、こちらを向き、身動ぎもせず、自分の鎌をこちらに向けて威嚇している。この身ひとつ。裸一貫で、精一杯に生きている。僕はその姿から目が離せなくなった。久しぶりに出会った生き物だった。親近感に似た感情が、僕の心を温かいもので満たしていた。ふいに目にしたその光景は、思いがけず僕を感動させたのだった。それはある種の重要なメッセージのようにも感じられた。僕は自分でも気がつかないうちに涙をながしていた。

つづく(※平日の正午ごろに連載を更新します)

Looking up, one can see a path leading to a promenade. The walkway is gently uphill, and at the end of it is a pedestrian bridge. Walking along the footbridge, one comes to an open space. It was a plaza where several pedestrian bridges intersected, forming a so-called pedestrian deck. Along the perimeter of the plaza, there were lights placed to illuminate the foot traffic, making the area faintly bright. It looks like a stage after a festival. No one is around. I circled around and found a staircase that led to the ground level. I choose that spot and slowly lower my guitar to the ground beside it. When you don't know what is going to happen, it is better to have more than one option. No one had come here while I was doing this. No one is here now either. I felt like I could finally catch my breath. The stairs on the side of the house were steep, and there would be less traffic than in other places. The sky was already showing signs of morning, but it would be some time before the town started moving. I will take a nap. And when I wake up, I will leave the city and take the express bus to the north. Living in Brisbane is impossible for me right now. I can't even afford an apartment with the money I have. Realistically, the only way to get my life back on track would be to work a low-cost job and slowly build up my finances. I knew the name of a town called Bundaberg. He knew the name of the town, Bundaberg, which is also the name of a famous rum. I had heard that there was extensive farm work going on year-round in Bundaberg. I would rethink this tomorrow when I woke up. Now I was terribly tired. I sit down on the ground and take out my bicycle wire lock from my backpack. I connect it to the belt loop of my jeans and the handle of my guitar case. This way, I would be able to notice if someone tried to take my guitar away from me while I was sleeping. The road surface of the pedestrian bridge was gray and dirty with exhaust fumes and whatnot, but I lay there without caring. The cold made my back crawl, but as soon as I closed my eyes, I felt as if I could fall asleep. Was what had happened from the airport to here a dream or true? Various things from last night flashed back to me, and I could not fall asleep at all. I turned over and opened my eyes. There was a tiny little praying mantis in front of me. It was standing. It was a young praying mantis, just a few centimeters long. Only a few centimeters long, it was facing me, motionless, pointing its sickle menacingly at me. All I have is this one body. It is living bare-chested and to the best of its ability. I could not take my eyes off it. It was a creature I had not seen in a long time. A feeling of familiarity filled my heart with warmth. I was unexpectedly moved by this sight. It seemed to me to be some sort of important message. I found myself tearing up without even realizing it.

To be continued (*The series will be updated around noon on weekdays)

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