水仙

私の言語化のジム(超初級編) 昔のことなので全部「だった気がする」

水仙

私の言語化のジム(超初級編) 昔のことなので全部「だった気がする」

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はじめに

見る専だったけど、せっかく登録したので使ってみます。 今朝見た夢とか昔あったこととか、あるいは普段の思ったことでもなんだけど、 絵や文章に残したり、人に話したりしたとき、上手くいくときといかないときがあって、上手くいかなかった場合は、その記憶の手触りを思い出せなくなるというか、そもそもそんなこと始めからなかったかのような感覚になるってことがあって。 (まあ上手くいったとて時が経てば思い出せなくなったものもいくらでもあるんだろうけど) あと、高校生くらいの時、親と何か一

    • G

      幼稚園のどこかに、ゴキブリホイホイがあった。幼稚園児だから、低い場所にあるものがよく目についたのだと思う。当時それがゴキブリホイホイだということはよく分かっていなかったけど、なんとなく触ったり見たりしてはいけない物という予感はあった(エロ本みたいやね)。 だけど、ホイホイの箱に漫画チックなイラストがあって、その箱自体がGのお家みたいなデザインをしており(窓からGが元気そうに笑顔をのぞかせている)、その絵が少し好きで、近寄らないけれど、気になって見ていた。 やや関係ないけど

      • クリスマスツリー

        この季節になると、昔家で飾っていたクリスマスツリーのことを思い出す。 クリスマスは好きだし、何かのイベントのために家族みんなで準備をするのも好きだった。でも、1年ぶりに出すツリーは少し押し入れ臭い気がして、というかどうしても葉っぱが落ちてしまうのが汚い気がして、あとあの葉っぱの細かい隙間に埃とかゴミとかついていそうな気がして、あまり好きではなかった。同じ理由で、雛人形とかを出すのもあまり好きではなかった。 我が家のツリーは、多分100cmかもう数十cm程度のもので、子供だ

        • 柏島

          私が育った海沿いの家の目の前に、柏島という小さな無人島がある。多分直径1kmくらいで、我が家から見るに肉まんみたいな形をしている。 「柏島」で検索しても高知の観光地しか出なかったしその柏島ではないので、安心して固有名詞で書く。おそらくはこの国にはマイナーな柏島が無数に存在する。 さらに言うとあれが「柏島」という名前なのも、中学生か高校生のときに地図を見て初めて知った。地元の誰もあの島のことを話すことがまずないからだ。まあ親がよそ者だし私も人間関係が狭い方ではあったけれど、

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        はじめに

          ポチポチ

          ゴールデンウィークは、昔ビデオに録ってもらって何回も観てた、しんちゃんの映画を改めて観た。ヘンダーランド、ブヒブヒ王国、暗黒タマタマ。 (映画に関しては新規開拓する勇気があまりなく、だって音楽や漫画と違って1〜2時間視覚と聴覚に訴えられるからハードルが高い、小さい頃観ていたものを改めて観て懐かしさを楽しむことが多い、幼児向けだから好きなわけではない) ヘンダーランドでクレイGが人形としてのトッペマを操る機械、たくさんボタンがある操作台みたいなアレがすごく懐かしかった。

          ポチポチ

          渇き③

          3年生か4年生のとき、図工の授業で、クラスメイトを描くというのがあった。なぜか家庭科室だった気がする。 私がある程度まで描きあげると、それを見た担任の先生(覚えてない先生)が、ここにスペースが余るからここにも描いてねと言った。たしかに片側にスペースが余ってたので、被写体係の隣にいた人を描いた。 難しいと思われる横顔を描き終えて満足し、周りのクラスメイトにちやほやされだした私に、先生は、この人の向き(画用紙の外側を向いてた)だとこの絵は真ん中で途切れてしまうから良くない、み

          渇き②

          小学校2年のとき、図工の時間に校長先生がやってきて、ちょっと授業に参加なさったことがある。 校長先生は画用紙を床に敷いて(新しい綺麗な校舎)、その周りにみんな集まった。湿らしたティッシュを丸めて、水彩絵の具を滲ませたものをポンポンするという手法を教えてもらった。 描く絵のテーマは木かなんかで、私は大きな木の周りで子どもたちが遊んでいる絵を描いていて、かわいく楽しい雰囲気に合いそうだったので、さっそくそれを使った。 後日の学年便りか何かで、その授業のことが紹介され、交流す

          渇き

          私が子どもの頃住んでいた町には、小さな山があって、毎年山開きに家族で行っていた。登山としてちゃんと自分の足で登ったのは1回くらいで、そんなことはどうでもよくて、メインは写生大会だった。 正直毎年毎年何を描いていたのか覚えていないけど、そのときは展望台の近くから、海を一望する景色を私は描いていた。 その頃は風景画に特にときめかなかったけれど、周りに絵が上手いとチヤホヤされ続け、母も絵が好きなので私が何か描けば嬉しそうだったので、とりあえず描いていた。いつものように周りが上手

          ぬるま湯

          お正月に帰省したとき。(地方の県内です) 親元離れたばかりの頃は、たまの帰省を満喫しようと手伝いもせず遅寝遅起でだらだらしてたけど、会う友人もいないし田舎だし私物は最低限しかなく暇なのにそれは却ってしんどいということにここ数年で気づいて、帰省中もばりばり家事手伝ったり勉強したりするようにした。今のところ親は変わらず元気なので、本当に自分のために手伝う。 でも、冬の夜の食器洗いだけは、未だにどうしても気が進まない。あの台所、お湯がなかなか出ないから。 冷たいだけならまだ我

          ぬるま湯

          元太

          私が幼稚園児だった頃くらいまでは、家のテレビは2階の子供部屋にしかなくて、リビングでご飯を食べるときはテレビを見る習慣はなかった。リビングは和室二部屋の間の襖をとっぱらって1つの部屋にしていて、そのうち片方にフローリング風の敷物をして、ダイニングテーブルと椅子を並べていたけど、そのテーブルを置く部屋が以降の時代と逆だった。 でも、(毎週なのかたまになのか分からないけれど)コナンを放送しているときだけ、皆で2階へご飯を運び、子供部屋でコナンを見ながら食べた。 いつもと違う場

          自分やけども

          子どもの頃は、雪印のコーヒー(コーヒー牛乳)にさらに牛乳をたして飲んでたよね。 子どもの頃は、母親の真似を無意識にしていて、父親に「お酒飲みすぎ!」とか言ってたよね。でもどこからが飲みすぎなのかわかってなかったよね。 子どもの頃は、長い出張から帰ってきた父親を玄関まで急いで迎えに行って、でも目当ては父親じゃなくて大人の仕事カバンだったよね。かっさらって大人の真似事して勝手に部屋に持ってってたよね。 子どもの頃は、母親に目玉焼きは「ぜんじゅく」「はんじゅく」どっちがいいっ

          自分やけども

          THE田舎

          おとんの畑の話。 自転車の子ども乗せる専用のカゴでしかついて行った記憶がないので、本当に小さい頃までのことなのだと思う。 家から畑までは、その自転車で10分程度。国道とそれに沿った線路を超え(その踏切のアスファルトにケルベロスみたいなパンダの絵がぼろぼろになっている)、そこから上はもう山の麓という感じで、田んぼの中の緩やかな坂道を登ると父が借りた畑がある。途中にあるぼろ家に貼ってある、『あんしんはしんわ』とあと何か(たぶん田舎特有のキリストがどうこうのやつ)のポスターとい

          こどものたべもの

          会社では、女性陣で集まってお昼ご飯を食べている。お弁当を持ってきている人もいれば、コンビニで買ってきたものを食べる人もいれば、仕出し弁当を注文する人もいる。先日、その仕出し弁当のメニューに、卵豆腐があって、「卵豆腐って、大人も食べていいんだ!?」と思ってしまった。 卵豆腐を最後に食べたのは、いつだろう。そもそも「卵豆腐」なんて字面に見覚えがない。「たまごどうふ」、これもなんか違う。「卵どうふ」「玉子どうふ」「玉子豆腐」「たまご豆腐」、どれも違う。ていうか卵豆腐ってなんやねん

          こどものたべもの

          書き出してたら戻りたくなった

          託児所の話。 初日はギャン泣きしてたけど、慣れれば割と好きな場所だった。幼稚園とか学校は、「お友達と仲良くしよう」的な風潮があってしんどかったけど、託児所は赤ちゃんばかりなのでそんなものはない。なんとかちゃんとなんとかちゃんは同い年で、くらいしか覚えてない。それが良かったのだと思う。ていうか会社だって仕事してわざわざ嫌なこと言わなければそんなに人と仲良くする必要なくやってこれてるし(恵まれてるだけかも)、教育機関のあの風潮なんやったんや…。話を戻そう。 託児所は、家から車

          書き出してたら戻りたくなった

          幽体離脱〜

          子どもの頃の記憶の中には、自分を俯瞰で見るような映像のものがある人もいるらしく、私もそうだ。夢かもしれないし、捏造されたものかもしれないけれど。 1つ目は、初めて託児所に預けられたときのことだ。 当時から幼稚園や保育所に入るのは(定員的に?)大変なものだったのか、うちの兄弟はみんな年中から幼稚園に入って、それまでは託児所に預けられていた。兄2とも一緒に行った記憶はないので、多分年少にあたる一年間だけだったんだろう。 で、初めてその託児所に行って、知らない大人と子どもばか

          幽体離脱〜

          きつねのこばん

          小学校から少し歩いたところに、神社かお寺があって、そこに2、3回だけ行ったことがある。クラスメイトの子についていったので、当時も道を覚えていなかった。1人では、たどり着けない。 昔は神社とお寺をあまり区別して考えていなかった。地図記号を覚えるときでさえ、似たようなものと思っていた。テストでは間違えなかったけど。その山の中の神社だかお寺は、いややっぱり鳥居はなかった気がするのでお寺とする、昨日書いた車輪同様、幼少期のときめきの一つだ。当然かもしれないが、滅多に行けなかったとか

          きつねのこばん