食用昆虫市場の資料あれこれ ~国産コオロギと中国産イナゴ~

こんにちは。吉田です。
 すっかりコオロギ騒動も落ち着いてしまいましたが、食用昆虫の有用な資料がぽつぽつ出てきているのでご紹介。ここ数ヶ月で役に立つレポートが2つ、論文1つが出ています。
 夏休みの自由研究(very hard)に向けて昆虫食を調べてみたい人に向けて情報提供がてら、ざっと書いてみました。

 これを書いている人は、こんな本を出しています。そろそろコオロギ炎上も一部を除いてはすっかり収束モードですが、いろいろなデマを取り上げています。ぜひ読んで見てください(宣伝)

 まずは1つ目、農林中金総合研究所の小田氏によるレポート(というか講演資料)

 食用昆虫の概況、各種指標・予測・動向について、よくまとまっていて読みやすい資料です。市場の成長率(CAGR)を各社出しているのをまとめてくれているのがありがたい限り(スライドP.6)。個人的にはこんなにも成長するのか?という疑問を持って見ていますが、各社それなりの成長率を出してきてるんですよね。
 特に英語圏の資料をいい感じに拾ってくれているので、ざっくり動向掴みたい方にはおすすめの資料です。

 一方で曲者なのが、スライドP.38に小さくまとめられている「日本以外のアジア」。英語情報がほとんどない割に、養殖・採集・販売が盛んに行われているので、個人的にはすごく気になるところ。先日、中国やラオスに行ってきたので、なにかの形でまとめたいところです。


2つ目は農水省の委託事業関連に関するレポート。
令和4年度昆虫の輸出に係る規制調査委託事業by矢野経済研究所

概要版がこちらhttps://www.maff.go.jp/j/shokusan/sosyutu/attach/pdf/23042700_insect.pdf

詳細版はこちら
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sosyutu/attach/pdf/pdf/23042701_insect.pdf

 欧州(EU)、米国、中国、シンガポールに限った話ですが、各国への昆虫輸出に向けた規制をまとめた資料となっています。農水省のフードテック関連事業の一環としての委託調査です。

 こういう調査事業、外部に委託するんじゃなくて中央省庁自らやればいいのになとも思いますが、読みやすい資料が作られることが多いので、一長一短ありますね。昆虫に限らず、委託調査事業の類はたくさんありますので、「"気になる単語"+"委託調査"+".pdf"」とかで調べてみると、色々と情報が出てくるので、ガンガン調べてみましょう。税金で作られた資料、私もありがたく読ませていただいています。

 さて、この矢野経済研究所の調査は「日本から昆虫を輸出する」ことを視野にいれた委託調査となっています。

昆虫を輸出…?

と困惑する方が多くいると思いますが、その背景を2つ勝手に補足しておきます。

①食用昆虫は救荒食物ではない。
 「食糧危機なったら昆虫を食べないといけない」とか「戦争のときにイナゴを食べた」とか「昆虫は貴重なタンパク質だ」などなど、様々な体験談や言説によって、昆虫食は非常事態に強いられるものというイメージが形作られています。
 実際の食用昆虫は「価格が高い」「生産量が限られる」こともあって、救荒食物ではありません。嗜好品であり、贅沢品に近い部類に入ります。養殖昆虫は穀物などの他の作物を餌として必要としますし、天然の昆虫は生産量が限られます。万人のための食料としては捉えにくく、少量高単価の農作物として捉えるのが妥当です。

②食用昆虫は高付加価値農作物になる
 上述の通り、天然ものは資源量に限りがあり、かつ採捕の労力もかかることから、天然の食用昆虫は単価が高くなりがちです。養殖の昆虫も飼料として穀物等の農作物を利用することから、
「昆虫価格>飼料の穀物価格+人件費+設備投資償却費」
という図式が成り立つので、ある程度高単価になってしまいます。

 さて、食用昆虫は価格が高いということですが、価格が高い農作物については、国内販売にこだわらず海外に売ろう、という話になります。2022年は農作物の輸出実績が過去最高となりました。単価の高い儲かる食品の輸出推進は最近の農業のトレンドでもあります。昆虫も同じ発想で輸出を目指していこう、というのが農水省の思惑としてあるのは間違いありません。

https://www.maff.go.jp/j/press/yusyutu_kokusai/kikaku/230203.html#:~:text=2022%E5%B9%B4%E3%81%AE%E8%BE%B2%E6%9E%97%E6%B0%B4%E7%94%A3%E7%89%A9%E3%83%BB%E9%A3%9F%E5%93%81%E3%81%AE%E8%BC%B8%E5%87%BA%E9%A1%8D%E3%81%AF,%E5%84%84%E5%86%86%E3%81%A8%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%97%E3%81%9F%E3%80%82

 食用昆虫の輸出を目指して産業振興を図っていくというところは個人的にも大賛成なのですが、正直なところ、これが上手くいくかは怪しいです。一番の問題は、フードテック官民協議会・農水省その他関係者の食用昆虫に対する解像度が低すぎることがあります。

 食用昆虫を輸出するためには「どの昆虫」を「どこの国に」輸出するかがかなり重要になります。例として話題になりがちなコオロギの輸出を考えてみましょう。例えば「ヨーロッパイエコオロギ」を「米国」に輸出することを考えたとき、
・米国でヨーロッパイエコオロギが売れるか(そもそも売れるか)
・米国でヨーロッパイエコオロギが生産できるか(輸出する価値はあるか)
・他の国でヨーロッパイエコオロギを生産できるか(輸出の競合はあるか)
あたりは考えるかと思いますが、2つ目、3つ目の日本国外で生産できる昆虫種という情報がすっぽり抜け落ちているんですよね。
 海外、特に人件費が安く気温が高い東南アジアで大量生産が可能なコオロギを研究開発して産業振興しようとしたところで、日本で生産されたコオロギが競争に打ち勝って輸出できるとは到底考えにくいのです。
 輸出するには、「日本で生産・採捕できる昆虫種」「他の国で生産しにくいorすぐには生産を真似できない昆虫種」で「海外の地域で売れる昆虫種」
を選択、もしくは開発していく必要があるのですが、日本の研究資金の割り振り方をみると、「すでに他国で生産されている昆虫(コオロギとか)」にばかり資金が投じられていて、輸出する気が感じられない研究・事業ばかりなのです。なんとかならないかなー。


はい、最後はイナゴに関する日本語の論文(というか覚え書き?)の紹介です。
「宮城県仙台市とその周辺地域におけるイナゴ食文化の現況に関する覚え書き(予報)」by高田兼太氏

https://www.jstage.jst.go.jp/article/itakon/11/0/11_7/_pdf/-char/ja

 この論文の特筆すべき点は、調査範囲のイナゴ製品について、国産のイナゴを用いた佃煮はなく、全て中国産のイナゴを用いた佃煮だった点です。日本が食用昆虫を一定量輸入していることは拙書(執拗に宣伝)でも書きましたが、この調査ではイナゴが中国から輸入されていることが見て取れます。他の都道府県のイナゴでも輸入イナゴを加工している話はよく聞きます。

 輸入イナゴの何が悪いんだ、というと輸入イナゴを消費すること自体は特に悪いことはないです。ですが、国産のイナゴは環境の破壊による採捕場所の減少、採捕者の減少、そして原発の風評被害を含む取扱業者の減少という状況下で壊滅的な状況に陥りつつあります。少しは保護しないと国内の伝統的(?)食用昆虫産業がなくなってしまいそうです。

 コオロギの炎上騒動では、「イナゴは光、コオロギは闇、コオロギは食べるべきではない」といった摩訶不思議な呟きや、「コオロギを食べるよりも伝統的なイナゴを食べるべきだ」というコメントがたくさん寄せられていました。

「そのイナゴ、中国産ですが、日本の伝統的昆虫食と呼べますか?」

と改めて問いかけたいところですが、豆腐や納豆の大豆も米国やブラジル産だったりするので、食文化と産地はそこまで結びつけるものでもなさそうです。
 ただ、食用昆虫に携わる身としては、国産のイナゴもなんとか生き残っていってほしいと願っています。

 

 さて、今回は3つの資料を紹介させていただきました。食用昆虫が国を跨ぐ話が個人的にすごく興味があって、注目しているので、また何かニュースがあったり、貿易データがあればNoteなり書籍で出していこうと思っています。

ではでは。

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