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さつま揚げを「天ぷら」と認めた日

「晩御飯、天ぷらやから」

母の言葉とは裏腹になぜか私の前には、さつま揚げがある。幼い日の私は、毎度のように騙された気分になった。

母は生まれてこの方大阪から出たことのない人だ。そのため、多くの関西人同様にさつま揚げのことを「天ぷら」と呼ぶ。

黄金の衣をまとっているはずなのに、あの茶色で柔らかい物体が食卓には鎮座ましましているのだ。あの軽くさっくりとした衣とは、真反対の揚げ物こそがさつま揚げなのである。今思うと、当時の私はそれを天ぷらと呼ぶにはまだ若すぎた。

就職し親元を離れると、自分でスーパーに行く機会が増えた。親が食事を準備していくれていた頃は、気づかなかったがこの国の練り物に対する愛情は異常なのかもしれない。ちくわにかまぼこ、はんぺんと練り物だけで大きなスペースを誇っている。そしてもちろんそこにはきくらげだの、たまねぎだの多種多様なさつま揚げも陳列されていた。

私はそんなさつま揚げを見て、

「天ぷらってこんな種類あるんやな」

と思ったものだ。あんなにも「天ぷら」に騙されたといいながら、私もさつま揚げと天ぷらと呼んでしまっている。どこか1人スーパーで恥ずかしい気持ちになった。

自分で食事を準備するようになって分かったが、さつま揚げというのは非常に便利な食べ物である。袋から取り出すだけでおかずになるし、煮ても焼いてもこれまた美味い。米のおかずにも、酒の肴にもなるオールラウンダーな食べ物なのだ。

かたやいわゆる普通の天ぷらはどうだ?衣をつけて油で揚げるだなんて、忙しい日には、バカらしくてやってられん。きっと当時の母もそう思っていたのだろう。

そして今、忙しなく働いた日にさつま揚げを手にしようとするのは、母だけではなくなった。

「今日はもう天ぷらにしよう」

さつま揚げを「天ぷら」と認める私がここにいる。
分かり合えなかった親子の溝が少しだけ埋まった気がした。

(終)

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