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寺地はるなさん 「ガラスの海を渡る舟」

【ふつう】ってなんだろう。
小さな頃からずっと私は学校の担任などが求める【ふつう】にはなれなかった。
そして【ふつう】じゃないことで
疎まれることも多かった。

特に【ふつう】というのものの基準がわからなくなった時がある。

20数年前、私は最愛の両親と妹を一度に亡くした。
私が20代前半で結婚して 、まだ日も浅い時だった。

多くの人にとって【ふつうじゃない】亡くなり方をした三人を、親戚は恥ずかしいから密葬にすると口々に話したのだ。

みっともない死に方なんてこの世にあるわけがない。

私は常々思っていたことを親戚を前にして言い切った。

葬儀はする。
お世話になった人には皆にお別れしてもらう。
そのために自分が一人一人連絡する、と。


そのため、沢山の人に見送ってもらうことができたのは私自身よかったと思っている。

しかし、今でもずっと悔やんでいることがある。

骨壷を、しっかりと選んであげられなかったことだ。

葬儀社との打ち合わせの席で
骨壷を決める際に、おじがこう言ったのだ。

「骨壷なんて一番安いやつでいいだろう、どうせ三人共に墓に入るんだから」

その おじの一言でなぜか他の親戚も「そうしなさい、費用だって三人分なんだから」
と同調した。

なぜか皆、そう言った。
自分たちが葬儀代を支払うわけでもないのに。そう言った。

他にも色々と費用はかかる。
言われるまま、私は 一番安い、
「味気ない真っ白な骨壷」を選んだ。

冷たいだろうな、寒いだろうな。
ごめんね。

ずっと、家族三人に対してこの気持ちは未だにある。


ガラス工房で造られる
ガラスの骨壷。

聞いただけでもワクワクしてくるのはなぜだろう。

この本のあらすじを知ったとき、
この本を読みたい、というよりも
この本に導かれているような感覚だった。

寺地はるなさんの「ガラスの海を渡る舟」。



主な登場人物である 兄の 道 と妹 の羽衣子(ういこ) は 祖父の亡き後、ガラス工房を引き継ぎ、二人で sono(ソノ)ガラス工房を切り盛りしていく。

発達障害かもしれない 道 と 道に対して嫌悪や嫉妬を抱く羽衣子の関係性というのはまるでガラスのようだ。

実際の結びつきを考えると、お互いを思い合うとても温かい兄妹なのだが、
なにか起こればお互いが脆く砕けてしまうような、そしてその砕けた先で傷つけてしまうような。
そんな儚さを持っている。
けれど、とにかくこの 道 と 羽衣子が
【本の中の世界だけの人】という感じがしないのだ。
私にも道のような要素はある。
羽衣子のような感情を持ったこともある。

寺地はるなさんという作家さんは初めて読ませていただいたが
道や 羽衣子 に限らず 出てくる登場人物の心情や台詞がとても現実味を帯びている気がするのは、寺地さんの細やかな人物描写のためだろう。

道と羽衣子がお世話になる繁實(しげみ)さんご夫婦も、
道と羽衣子の未来に影響を与えると言える、茂木くんと葉山さんも。
皆、とても生き生きと描かれているのだ。

そして、読んでいて一番感じたのは
読みながら感じる 心地よい時間の流れだ。
この本は 道の目線と 羽衣子の目線と交互に、まるで交換日記のように描かれている。

実は時間(年月)の経過というのは
わりと長くあるのだが、
忙しなく描かれている、という印象はなく、ふわふわとしていて温かい。

だから、読んでいて心地よく、ゆっくりとでもページをめぐる楽しみもあるのだろう。

とても、印象に残っているシーンが3つある。

まず1つは、羽衣子が愛した人に立ち向かっていく、兄としての道のたくましさと男らしさだ。

一緒に働いていながらも 食事を共にしたことがなかった兄妹が初めて食事をすることになる妃
日でもあり、
ずっと固定観念に苦しめられていた羽衣子を解放することになるのが
他でもなく、道だったことにとても胸が熱くなった。


もう1つは、死をおそれるあまり
ガラスの骨壷、に反対や拒絶を示していた羽衣子が、
ガラスの骨壷を依頼する人の気持ちを心から理解できたところだ。

羽衣子は、少しずつ無意識ながらも
理解していたのだろう。

けれど、あることをきっかけに祖父の過去を懐かしみ、それと同時に ガラスの骨壷を依頼する人の気持ちがわかったのだ。

そんな羽衣子はある時、依頼者の田沢さんの気持ちを思って
道が驚くほど泣いてしまう。

それもまた道が言うように
「人間の感情は天候と同じようにコントロールできない」ゆえのこと、といえる。

道は、こんなことを言っている。

「あと最近、自分以外の人間もそれも同じやと思うことにした。そしたら他人と話すのが嫌じゃなくなった。他人の感情って、天候なんかと同じやなって。ぼくがコントロールできるものではない、という意味では。雨が降ったら傘さすみたいに対処すればええんやと思うようになった」(p182)

そして最後は、葬儀会社の葉山さんとの関係性だ。

初めて出会ったとき、
道が祖父の骨をポケットにいれようとしたとき、

そして再会してから。

葉山さんには、葉山さんの過去があり、葬儀関係の仕事に就いた過去がある。

そんな葉山さんも、ガラスの骨壷を依頼する人たち同様
想像以上の思いがあったのだ。

そんな葉山さんがこの作品では とても重要な役割を担っている。

道と羽衣子にとって祖父の存在や もちろん父や母というのも色々あっても切り離せない大切な関係性である。

しかし、死を受け入れること、死と向き合うことを一緒に考えてくれた存在としても
道と羽衣子にとって、切り離せない存在だったのだと読み終えてから改めて思った。


作中では、コロナ禍のことも描かれている。

多くの人が、マスクをしながらも
コロナ禍の前の状態へ戻っていこうとしている移行時期において、
こうした 小説であってもコロナ禍を描いていることは、とても大切なことだな、と思った。

この小説は発売後からこれまでで既に多くの評価を得ているそうだが
私としても多くの人に読んでほしい作品だ。

学校などではなかなか教えてくれない、
死と向き合う ということを様々な角度から感じることができる。

そして、生きづらさを抱える多くの人にとって、おそらく生活する上でのヒントや、考え方など 参考になることも多いだろう。


最後に。

とても素敵な小説に出会えたことは幸せだが
道と羽衣子のようなガラス職人さんが
あの当時 いてくれたらな、と思った。

道と羽衣子がいてくれたら、私も迷わず大阪まで足を運ばせて、父と母と妹の骨壷を作ってもらったはずだ。

道と羽衣子に作ってほしかった。

寺地はるなさん。

素敵な心温まる作品をありがとうございました。





 

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