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就活ガール#72 就活に個性は必要ない?

これはある日のこと、バイト帰りに後輩の日野原さんとカフェに入った時のことだ。今日は二人とも早番で、まだ夜まで少し時間がある。こういう時に一緒に寄り道することは、最近では珍しくなくなっていた。

「先輩、就活の話なんですけど。」
ショートケーキにフォークを入れながら日野原さんが言う。1年生から就職活動に熱心な日野原さんとは、日常的に就活の話をしている。今日はどういうテーマになるのか、聞く前からワクワクした気分になった。

「うん。どうした?」
「この前ネットで見たんですけど、就活で急に個性を求められて困ってる人が多いらしいです。」
「ああ、小学校、中学校、高校までは個性をつぶす教育なのにっていうやつ?」
「そうです。ご存じだったんですね。」
「ああ。そんなに詳しいわけでもないけど。たしか社会人になるとまた個性はつぶされる、みたいなオチのまとめだったよな。」
この話は、ネットに限らず就活をしている人なら一度は耳にしたことがあるだろう。小学校や中学校ではまわりに合わせるような教育を強制される一方で、就活で急に個性をアピールさせられても困るという、愚痴とも正論ともとれないような微妙な話だ。

「先輩はどう思いますか?」
「そうだなぁ。たしかに急に個性を求められても、どうやって考えればいいのかわからないとは思う。そもそも個性ってなんだろうってとこから疑問だし、だからこそ自己分析なんて言葉があるんじゃないかな。」
「たしかに自己分析って言葉はたぶん日本特有でしょうね。」
日野原さんがあまり納得していない様子でそう答える。

「日野原さんはネットの意見にあまり同意できないみたいだね。」
「はい。そうなんです。」
「どうして?」
「いくつかおかしいと思うところはあるんですけど、まず私は小中学校で個性をつぶされていません。」
日野原さんが強い口調でキッパリとそう断言する。
「そうなんだ。」
「たしかにやっても意味のない宿題をやらされたり、無駄に整列させられたり、みんな同じ制服を着たりはしました。でもそんなことで個性ってつぶされるものでしょうか?
「うーん。そう言われると難しいな。やりたくない仕事や単純作業をやることって、どんな仕事でもあるだろうし。」
「そうですよね。面従腹背で生きてればいいだけで、特に中高生にもなるしそれなりに大人じゃないですか。たしかに海外の義務教育と比べると日本は画一的なのは間違いないと思いますけど、それを言うなら就活で求められる『個性』のレベルだって海外とは全然違いますよね。」
「それはそうだな。海外だとインターンシップとかで実績を積んでいないと入社できないらしいし。そもそも新卒採用って概念はなくて、でもやっぱり年齢を重ねるほど不利なのは変わりないから、大学生がまじめにインターンをしてることが多いって聞くよ。」

「はい。それに、中高生って別に誰に教わらなくても例えばメイクの仕方は自分で勉強して覚えますよね。むしろ先生たちが必死で禁止をしてもみんな勝手にやります。」
「うん、女子はみんなしてた。」
「そんなかんじで反抗しようと思えばできるのにしないで、都合の悪いところだけあとから教育のせいにするのって私は嫌だなって思うんですよ。」
「なるほどね。言われてるみると日野原さんの意見にも一理ある気がする。個性をつぶす教育の心地よいところだけを享受して、あとになってそこに文句を言うってのは違う気がするな。」
そう答えながら、中高生時代を思い返す。俺は全然勉強のできる生徒ではなかったが、それでも先生が丁寧に教えてくれた。そもそも義務教育ではない高校にも進学できたし、大学にだって入れた。海外であれば弱者はもっと早期に切り捨てられ、他の優秀な大学と同じ土俵で就活をすることすらできていないだろう。そもそも、小学校から留年制度がある先進国は多い。

「で、他にも納得してないことがあるんだっけ?」
考えていてもよくわからなくなってきたので、一度日野原さんに会話のボールを返すことにする。
「はい。次に気になってるのは、就活で個性を求められるっていうのは建前なんじゃないかってことです。」
「あ、それは俺も思う。」
日野原さんの発言に食い気味に返事をする。これはまさに俺がずっと前から感じていたことだった。
「ですよね。」
「個性を見せてくださいっていうけど、実際はいろいろと細かいルールがあるし、ウケるエピソードとウケないエピソードがある。建前でも第一志望って答えないと内定が出にくいとか、実際は言うべきことが決まっている質問も多いんだよな。」
「そうなんです。この前薫子さんに聞いたコンプライアンスに関する質問なんてまさにそうだと思います。あとは……そうですね。髪型とか服装、入退室の方法などは就活生が思ってるほど厳しく見ている企業はないらしいですけど、とはいえほとんどテンプレートになってますよね。」
実際、テンプレ通りにできる人は少ないんだよ。平均的なルックスや立ち振る舞い、平均的なコミュニケーション力、平均的な論理的思考力、平均的な経験、平均的な健康、平均的な学力、平均的な地頭。全部掛け合わせるとほとんどいないんじゃないか。」

「私もそう思います。就活本とかってバカにしがちですけど、実際はあれ通りにできている人をほとんど見たことがありません。」
「料理とかと同じなんだろうなぁ。下手な人ほどアレンジをするっていうか。素直にレシピ通りやっていればそれなりのものは作れるはずなのに。もちろん一流シェフとかは個人のこだわりやオリジナリティみたいなものもあるんだろうけど、一般人がそこまでする必要はないよな。」
「そうですね。料理と同じで超一流企業を目指さなければテンプレ通りで受かると思います。『正直に話そう』とか『テンプレ通りだと逆に怪しいんじゃないか』とか考えなければそれなりの企業には入れそうです。」
「実際、そうだと思う。俺の先輩とかを見ていても、そういうテンプレがちゃんとできる人はすべからくいい企業に入ってる。」
「ですよね。」
「まずは最低限のテンプレをマスターしてそこそこの企業の内定を得られる人間になる。それができて初めて個性を発揮して、さらに高みを目指すってステップだと思う。」
俺の言葉に日野原さんがうんうんとうなずいた。自分の意見を十分に述べて満足したのか、一気にミルクティーを飲む。

「というわけで、私は就活で急に個性を求められるっていう意見は間違ってると思ったっていう話です。」
「やっぱり、就職活動や義務教育への愚痴や不満って誰しもがもっているものだから、ネットでもバズるんだろうな。」
「そうですね。私だって不満とか理不尽だなぁと思うことはたくさんあります。それに、一見するといいこと言ってる風のまとめってこの話意外にもたくさんありますし、まとめかたはすごく上手だなって思います。実際、その中には同意できるものもあります。」
「うん。でもまぁ、あんまり他人のせいにしても仕方ないんだよな。いまさら義務教育批判しても俺たちの人生は何も変わらないし。」
「はい。文句ばかりの人とかかわっていても良いことはないと思います。あとは内定がない人同士で集まったりとか。」
「気持ちはわかるけど、実益はないよな。ストレスを解消するための集まりと、就活を成功させるための集まりは別だし。」
「はい。でも私は、先輩とこうやって話してるとストレス解消にもなるし、就活を成功させるための集まりにもなってると思ってます。」
「ありがとう。俺も同じだ。そういう人間関係が作れているだけでも就活をかなり有利に進められそうだと思ってる。」
「そうですね。」

そこまで話したところで、席を立つ。たしかに、インターネットに限らず就活をしていると、他人のせいにしたり他人をねたんだりする人に遭遇することは多い。誰でもそういう感情はあるし、俺と日野原さんがそうであるように、親しい人たちとたまに愚痴を言い合って楽しむという時間も人生にとって有益だろう。しかし、必要以上に不平不満をまき散らす人たちや一見正論っぽいことをいう人たちに振り回されすぎると、自分が苦労する。
 美柑やアリス先輩もよく言っているが、結局のところ俺たちは社会の歯車だ。ルールを変えたいのであれば、まずは今のルールの中でのしあがるしかない。そもそもスタートラインにすら立っていない学生がルールを変えようとすること自体が無謀すぎるのだ。
 それに、もちろん俺にも、社会正義を貫きたいという思いはある。でも正直に言うと、まずは自分の生活が優先だ。マザーテレサや幕末の志士たちのようにはなれない。それが、いろいろと自己分析をした俺の現時点での結論なのかもしれないと思い、一日を終えるのだった。


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