就活ガール#83 マッチする理由を聞く質問
これはある日のこと、学校の食堂で同級生の美春と食事をしていた時のことだ。オレンジ色に染まったパスタを食べながら、美春が話を始める。
「ねぇ、おとっぴ。ちょっと相談なんだけど。」
「就活の話?」
「うん。この前面接でされた質問で、少し気になったものがあったのよね。」
「なになに。」
前のめりになり、相談内容を確認する。最近は、就活の相談をしたりされたりすることが当たり前になってきた。決して就活が楽しいというわけではないが、はじめたばかりの頃のような面倒くささや怖さのようなものはあまり感じない。単純に、日常の一部として溶け込んでいるのである。変に気負っていないという意味でこれがベストな状態なのではないかと自分では思ったり、一方で、この状態に慣れ過ぎずさっさと内定を取ってしまわないとズルズル続けることになるとも思ったりする。冷静に考えてみると、複雑な状況だ。
「あなたが弊社にマッチしていると思うかっていう質問と、マッチしていると思う場合はそう考える理由を教えてくれって言う質問よ。」
「初めて聞いた。なんか変な言い回しだな。」
「そうなのよ。ここでマッチしていないと思うなんて回答できるわけないでしょう?」
「そうだな。ということはマッチしていると思う理由っていうのは、自己PRみたいな感じかな?」
「自己PRとはちょっと違うと思うのよね。もうちょっと客観的に見ろというか、単なる自己PRというよりも会社側を説得させてみろっていうニュアンスを感じるのよね。」
「たしかに。『あなたを雇うメリットは何ですか』という質問に近いのかな。」
「うん、それに近いと思うわ。」
「それで美春はどう答えたんだ?」
「こんな感じ。これを添削して欲しいのよ。」
「どうかしら?」
「シンプルで分かりやすいな。企業が求める人材がチャレンジ精神、美春の強みもチャレンジ精神。だからマッチしているっていう論法だろ。」
「そうなの。面接で突然聞かれて正直困ったから、質問に忠実に答えてみたわ。ホームページに書いてある求める人材像と同じ『チャレンジ精神』って言葉を使うとあまりにも取ってつけたような印象があって嘘っぽく見えるかなとも思ったから、少し言い換えて『前向きで好奇心がある』としてみたけどね。」
「うん、その辺の言い換えは重要だと思う。他人から借りた言葉を利用してると薄っぺらい印象があるし。仮に全く偶然同じ言葉や言いまわしを考えていたとしても、少し言い換えた方がいいくらいじゃないかと思うな。」
「そうよね。」
美春の言う通り、困った時こそ質問に忠実に答える姿勢が大事だ。言われたことに端的に答えるということを意識できるだけでも、パニックになってよくわからないことを言ってしまうより遥かにマシである。他の学生の出来によっては相対的に及第点になることも珍しくないだろう。そういう意味では、企業の求める人材像とのマッチを示した美春の回答は、十分ともいえる。
「前半は良いと思うんだけど、後半がどうかな?」
回答を見て気になったことを言ってみる。
「具体例のところ?」
「うん。そもそもこれ、具体例じゃないだろ。」
「えっ」
「この回答は美春が入社してどう活躍できるかって話だろ。それは今後やりたいことであって、この質問特有の『面接官を説得する』という観点とはちょっとズレてないか?」
「うーん。そうかしら。結局一緒だと思うわ。だって、私を雇うメリットを説明する必要があるでしょう?」
「そうなんだけど、ここでいう具体例ってのは、美春の好奇心旺盛なところが発揮された具体例だろ?」
「ああ、そういうこと。」
「おう。『あなたが求める者はAです。私はAです。だからマッチします。』っていう話の進め方はよいんだけど、これだと『私はAです』の部分が完全に自己申告になってしまってると思うんだ。だから具体例では、私はAだということを示した方が良いんじゃないかな。」
「たしかにそうね。何気なく『具体的には』といってたけど、それより前の話は『マッチしている根拠』の話だから、具体例が『マッチしてる結果』の話だとかみ合ってない気がするわ。」
「うん。細かいけどこの辺の日本語の使い方って、聞いてるほうからしたら違和感があるんだよな。」
「自分一人だと絶対に気付かなかったと思うわ。ありがとう。」
「おう。お互い様だろ。」
「じゃあちょっと回答を作ってみるわね。」
そう言って美春がスマートフォンを手に取る。時折考えこんだり一度書いたものを削除する仕草を見せながら、フリック入力で書き上げた回答を見せてくれた。
「どう? 後半を変えてみたわ。」
「うん、よくなったと思う。これだと居酒屋のバイトの件が前向きさや好奇心を発揮したエピソードになっていて、美春にそれらの能力が備わっているという根拠になってると思う。」
「ええ。あとは最後に『貴社でも活かせると思う』と書いて、マッチしていることをさらに強調してみたわ。」
「うん。そこもいいな。それで、具体的にどう活かせるかを聞かれたら、さっき美春が言ってたことに近いことを言えばいいと思う。」
「面接では喋りすぎないことも重要だったわね。1回40秒以内。文字数で言うと200字以内ってところかしら。」
「そうだな。もっと短くてもいいくらいだと思う。」
「わかったわ。どういう風に活かせるかを聞かれたら、フレッシュさを活かして云々と答えるって感じよね。
「あ、そういえばさっきのその回答、悪くはないと思うけど改善の余地はある気がしたぞ。」
少し話は逸れるが、せっかくなので指摘しておいた方が良いだろう。いや、指摘というような大層な話ではなく、俺がふと思った疑問という程度なので、相談に近いともいえる。
「ん? 何か問題あった?」
「うーん。ちょっと話はそれるんだけど、『新入社員らしさ』とか『若者目線』って本当に重要なのかなと思って。」
「どういうこと?」
「だって新入社員が若いのは全員同じだろ。だからいまいちアピールにならないんじゃないかと思ったんだよ。もちろん、若々しさと提案力を組み合わせれば多少は美春らしさがアピールできるとは思うんだけど、どうかな?」
「あー、なるほどね。たしかにそんな気もするわ。そもそも若い人間なんて社内に腐るほどいるし、私もいずれは若くなくなるしね。」
「そうだな。考えすぎかもしれないけど、フレッシュさを売りにすると、持続するのが難しいって相手にも伝わってしまうと思う。」
「じゃあどうしようかしら。うーん。」
そういって美春が考え込む。俺もすぐには活躍できる場面の具体例が思いつかなかったので、一緒に考えることにした。
「例えば、違う部署の業務であっても興味を持つことで部署間の壁をなくしたいとか?」
「ああ、それも一例としてよいだろうな。若々しさよりも具体的だと思うし。あと俺が考えたのだと、『最新の技術や社会情勢に興味を持って、仕事に活かせないかを提案したい』とか。」
「いいわね。結局、若々しさを活かすこと自体はいいんだけど、それだけでは抽象的すぎるって感じにまとめられるかしら。」
「うん、そうだと思う。若者目線って言葉は幅広過ぎるからな。」
そこまで話したところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。俺は午後の講義、美春は別の面接の予定があったので、食堂を出て別れる。今日は質問の内容もそうだが、論理的な話の仕方という点で勉強になることが多かった。
同じ言葉を同じ文章の中で繰り返し過ぎるとくどい印象や語彙力が少ないという印象を与えたり、時には手抜きをしているという風に思われかねない。また、接続詞や代名詞の使い方も問題だ。これらはうまく使いこなすと文章全体が分かりやすくなる効果がある。しかし、使い方を間違えてしまうと逆に意味の分からない文章になったり、相手に違和感を与えてしまうことにもつながるだろう。日頃から論理的に物事を考え、伝える訓練をする必要があるとしみじみと感じる一日となった。
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