就活ガール#112 親が子供に希望する就職先
これはある日のこと、講義室の片隅で同級生の美春と雑談をしていた時のことだ。いつも通り、よくわからない先生のよくわからない講義をBGMに、就活談義が始まるのである。
「見て。」
そう言って美春が見せてきたスマートフォンの画面には、大手人材企業であるマイナビ社のアンケート調査が表示されていた。
「なになに、今日は保護者アンケートの結果が公開されたのか。」
「うん。就活生って基本的に20歳から22歳くらいの人が多いから、保護者っていう呼び方はどうかと思うんだけど。」
「たしかになぁ。」
そういって保護者の意味を検索してみる。辞書によって定義は違うけれど、やはり保護対象は未成年である場合が多いようだ。成人年齢が18歳に引き下げられた時代でも、親が大学生の就職先と直接やり取りをするというのは率直に言って過保護な気がする。
「でも実際、私も面接中に、ご両親は弊社に入ることをどう思っているのかって聞かれたことがあるわ。」
「俺もある。オヤカクってやつだろ。」
「うん。面接中に聞かれることもあるし、内定後に聞かれることもあるらしいわね。」
『親に確認』ことオヤカクについては以前にも調べたことがある。売り手市場が進むにつれ、求職者側が企業を選べるようになってきた。また、少子高齢化が進むにつれて、親と子の関係が強くなってきたという事情もある。そういった背景をもとに、親が子供の就職先選択に大きな影響を持つようになっているので、企業側は親の同意を得るために苦戦しているらしい。親に会社説明資料を送るくらいならまだ可愛いもので、中には内定式や入社式に招待したり、内定者から親に手紙を書かせたりするところもあるそうだ。ちなみに俺の家庭はどちらかといえば放任主義なので今のところ親に何かを言われたことはほとんどないのでありがたい。
「で、今回の調査はなにが公開されてたんだ?」
話をアンケート結果に戻す。
「まず、親が子供の就職先に望む条件を複数回答で尋ねてるわ。ちなみに以下は全て保護者1000人の回答を得た結果よ。」
「子供に伝えるかどうかは別として、希望自体は存在する場合が多いだろうな。」
「そうね。1位は経営が安定していることで、5割以上の親が望んでるわ。」
「むしろ残りの5割は望んでいないのか……。」
「ちょっと驚きよね。まぁ経営が安定していなくてもいいというよりは、子供の自由に任せたいっていうくらいの認識なのかもしれないわ。」
「なるほど。」
「2位が本人の希望に沿っていることで25パーセント。」
「これもなんか少ない気がするな。でも、希望に沿っていなくても良いというよりは、それも仕方ないし自己責任って感じのニュアンスが含まれてそうだ。」
「3位以下は全部2割を下回っていて、社風や雰囲気が良い、成長性が見込める、福利厚生が充実している、子供の専門性を活かせると続いてるわ。」
「全部重要に見えるけどなぁ。」
「私もどれも重要だと思うけどそれでも2割以下ってことは、やっぱり親は子供の就職先にそこまで干渉するつもりがないんじゃないかしら。」
「そうだな。ちょっと安心した。」
「それでもこのアンケートによると5割の企業がオヤカクをやってるらしいから、企業側の気にしすぎという面もあるかもしれないわね。」
「企業は親の同意を内定辞退の理由として考えてるんだろうけど、実際は違う理由があるってことだよなぁ。」
「そうね。いくら過保護な親や自立しきれていない学生が増えたとはいえ、就職先の決定権が親にあるという家庭は多くないんじゃないかしら。企業が内定辞退を減らしたいなら、もっとシンプルに待遇を良くするとかすればいいのに。」
美春の言うことはもっともである。なんだかんだ言っても待遇を気にするのは求職者のサガなので、親の同意云々はあまり問題ではないだろう。たしかに待遇が悪ければ親の同意を得にくいという意味で無関係ではないだろうけれど、それはあくまでも結果であり、努力すべきは親の同意を得ることではないと思う。
「それから、保護者が子供に働いて欲しい業界と企業も載ってるわ。」
「公務員?」
「あたり。」
予想通りの回答に、顔を合わせて苦笑いをする。
「公務員、商社、医療関係、IT、教育の順ね。まぁだいたい予想通りって感じかしら。」
「いつも通りだな。俺たち世代からすると教育はちょっと意外な感じがするけど。」
「教育業界は学校教師を筆頭に、長時間労働で大変っていうイメージがあるわよね。」
「そうだな。このままでいいと思ってる人は少ないだろうけど、俺たちが子供の頃には既に同じことが言われてたし、なかなか変わらない。」
「ちなみに企業名でも1位は公務員なんだけど、2位以下はトヨタ自動車、ソニー、三菱商事、味の素って感じよ。」
「こっちも特に違和感はないよな。いずれも当面はつぶれなさそうな安定した会社だし、待遇も世間体もいい。」
「そうね。ただ、さっきの話をふまえると、これも『しいて言うなら公務員』、『しいていうならトヨタ』くらいに考えておけばいいんじゃないかしら?」
「世間では親の意識が古いとかってよくいわれるけど、実際はそこまで強い強制力を持って子供を縛ってる親は多くないから気にしなくてもいいってことか。」
「うん。私はそう思うわ。私だって自由に就職先を選べるなら、味の素で働いてみたいって考えることはあるもの。」
美春は以前から食品メーカーを志望していたので、味の素がランキングに入っていることには納得なのだろう。食品メーカーは志望者が多いので待遇が悪くても人が集まりがちであるが、味の素クラスの超大手企業となると、きっと待遇面でも十分に満足できるのだと思う。
「それから、保護者の時と子供の時の就職活動を比較して、どちらが大変だと思うかっていうアンケートもあるわね。保護者っていっても年齢は様々だから、バブル期世代と氷河期世代に別れてるわよ。」
「お、それは面白そうだな。」
「バブル期世代と比べると、今の方が大変だと思う人は7割以上、氷河期世代と比べても5割以上いるわね。」
「氷河期世代より大変なのか……。」
「あくまでも保護者アンケートの結果だから、実際の有効求人倍率をみると今の方が高いわよ。実数値と体感値は違うってことかもね。」
「昔の経験は美化されるってのもあるのかな。のど元過ぎれば熱さを忘れるっていうことわざもあるし。」
「そうねぇ。あとは、就職活動の方法が昔と今では全然違うから、親から見ると難しく見えるのかもしれないわね。」
「あ、それはありそうだな。パソコンやスマホを駆使した就活って最近でてきたものだし、エントリーシートの内容も複雑なものが結構あるよなぁ。」
それに、親世代は説明会の申し込みやエントリーは全て郵送で行っていたと聞く。そうすると一人の学生が応募できる企業がどうしても少なくなるから、結果的に内定を得やすかったのかもしれない。俺たちから見るといちいち手書きで書いて郵便局へもっていくなんて大変そうだと思うけれど、それにもメリットとデメリットがあるのだ。
「あと、最近は就職活動が長期化していて、一人の人がたくさん応募できるっていうのも理由でしょうね。」
美春も俺と似たようなことを考えていたらしく、そう呟く。
「内定コレクターといつまでたっても内定が出ない人に二極化されていってるってことかな。」
「そんな感じ。そしてそれが将来の収入の二極化とかにもつながるわけだから、社会問題っていろんなところでつながっているのかもしれないわね。」
「結構大きい話になってきたけど、実際そうなんだろうなぁ。そもそも、いつの方が楽とかしんどいとかって比べてもあんまり意味がないんだと思う。だって、俺たちが来年の3月に卒業することは確定してるんだし、就職活動の時期を大きく変えることはできないだろ?」
「そうね。大学院に行って2年引き延ばすっていう人もたまにいるけど、2年後どうなってるかなんてわからないし。」
そこまで話したところでチャイムが鳴る。そういえば今は授業中だったことを思い出した。こんな調子でダラダラ講義を受けていて本当に来年の3月に卒業できることが確定しているのか少し不安になった。隣に座る美春も同じことを考えているのか、苦笑いを返してくる。
「行きましょう。」
そう促されて席を立つ。今日は就活に関する保護者へのアンケート結果を見た。世間で言われているほど、子供の就職先を縛ろうとしている親は少ないというのが俺の中での結論だ。それでも、心配はしてくれていると思う。別に親のために就職するわけではないけれど、早く良い結果が報告できるように頑張りたいと思い、一日を終えるのだった。