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小説: ペトリコールの共鳴 ⑥

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第六話

電車に乗ったら、こんな場所へも来れる

♪ テッレテ テッレテ テッレテ
僕は電子音で目が覚め、スマホのイヤホンを通し
タツジュンに訊いてみた。

「ここ、どこ?」「マック」
「マック?」「マクドナルド」
「ハンバーガーの?」「そう」

ハムスターの僕は初めてマクドナルドに来た。
炎上騒動にならないよう、息を潜めてリュックのメッシュ越しから店内を眺め、
「マックって、お店でも食べられるのか」
椅子やテーブルが規則的に並び、
家族連れやカップルが談笑したり、pcを見たり。

外食はマックだったんだ。こういう場所なんだ。
「すげ〜!」
じゃ、僕は窓際の席がいいな……など考えていると
タツジュンは席がある方をすり抜けて、店から出て行った。

「ここで食べないの?」「ああ」
なんだ、そうか。
少ししょんぼりした。

「キンクマはもう少し寝ていていいよ」
とは言われても目が冴える。
タツジュンに買ってもらった白い靴を少し齧る。
外の景色はマンションから見える光景と別世界で
住宅が並んで、空が高く見える。

僕たちは青い天井がある巨大な空間の“家”に住んでいるのかもしれない。

「タツジュン。マックの
テッレテ テッレテ テッレテって音は何の音?」
「ん?ピッピロピッピロピッピロじゃないか?」
人間とハムスターは聞こえ方が違うのかな。タツジュンと僕の音程は同じなのに何か違う。

そしてタツジュンも腑に落ちないのか
「キンクマは救急車知ってるか?救急車の音は?」
「救急車はピーポーピーポー」
「じゃ、パトカーは?」「ンンンン〜ン」
「キンクマくん、もう一度パトカーやって」
「ンンンン〜ン」
「パトカーはパートパートパートじゃね?」

今度は僕が腹落ちしない。
「タツジュン〜。マックの音、やって」
「ピッピロピッピロピッピロ」
「パトカーは?」「パートパートパート」

「ああ、あの音はポテトが揚がったサインよ」
タツジュンの背負うリュックが震え出した。
そして豪快な笑い声が爆発し、僕も釣られて笑う。
おへその辺りが攣ってちょっと痛い。でも、気分はよくなっていく。

住宅街が途切れ、雑草だらけの道。家のつぎは木が密集している。これが山なのかな。
「山に来たの?」「いや、雑木林というんだ」
雑木林? 道路が通っているから?

「降りてみるか?」僕は問いかけられた。
鼻にはツンとした冷えて新鮮な匂いが入る。
「うん、降りてみたい」

メッシュのポケットに手が届くと、僕の身体へ温かかさがまとわりつく。身体が軽くなって、茶色になった葉の上へ置いてもらえた。

「甘い香りがする。メイプルシロップみたい」
僕が歩くと葉がバキッと鳴る。面白くて駆けってみる。
パサッ、パサッ、サササッ
雑木林は音が出る賑やかな地帯。

細くて尖った葉まであり、丸いイガが転がっている。キュるっとした匂いはキノコ。
キノコは僕の腰まであって、大きい。
枯葉をめくると下は濡れて、手をついてみると
ひんやりして窓の結露に似ている。
地下鉄や電車に乗ったら、こんな場所へも来れる。

動画を観て、
「何もいいことがない」「楽しいことないかな」「毎日がつまらない」
コメント欄へ書き込む人は地下鉄に乗って雑木林へくればいい、なんて思いながら枯葉を齧ってみた。


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