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そんな余裕ブッこいてるヒマはない

人生の底で、のたうち回ったとき
わたしの切り札は『死』
『死』があるから這い上がれたと思う

わたしは会社のある部屋へ、閉じ込められるという
虐待を受けて、その日の午後から出勤不可になった
どうやって家まで帰ったのか分からない
気づくと白衣を着たまま、横たわっていた

PTSDを抱える羽目になる

最後に受けた虐待のシーンが
何回も体感できるという悪夢の日々
聴こえる筈のない、見える筈のない
部署のあの場面が再現されどう自分が対処したのか

精神科に通い、カウンセリングも受けて
一向に治る気配がなかった

底にいると、最悪、足元の岩盤を打ち砕けと思った
それが『死』で

お風呂に入れないわ、泣き崩れるわ、過呼吸
食事も不要で、コンビニまで歩けば
意識不明で救急搬送された日も多々ある
本は一行も読めなかった

今思えば
何も出来ないのは、治癒だったかもしれない

3回目の自殺未遂でICUに入院し
主治医から
「なっちゃんのために生きてください」
奈々を置いていくところだった

なるようになるわ、しゃーないじゃんって
コレといった治す方法なんてないもん

アレを食べればウツが治る、コレを読めば治る
正直、物凄く白けた目で見ている

治る人がいるだろうけど
壺を買って幸せになれるかってのと、同レベル
寛解への時間稼ぎであると思う

「この状態が一生続くかもしれない」
今日はダメだ、今日もダメだ、今日も、また今日も
自分という全てが破壊されたとき
そんな余裕、ブッこいてるヒマはないんだよ

買い物依存になったけど、これが打破への扉かな
pcを使う、何かが欲しい
「欲しい」が取っ掛かりになったと感じる
「資格が欲しい、落ちたら死ねばいい」

性なのか、禁止されるとやりたくなり
肯定されると自然と迂回するよう、できてんだな
もちろん、わたしの場合はね

精神病は、カンタンに治らないよってこと
だから、今、苦しんでいるのが通常運転で
浮力を待つのが得策だと、わたしは思うよ