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作・絵…ジミー〈幾米〉 訳…岸田登美子『幸せの翼』

 幾米さんの作品の中でも特に大人向けの絵本。

 落ち込んでいる時に読むと更に気持ちが沈みがちなので、読むタイミングに注意が必要。

 既に頑張っていていっぱいいっぱいな人に「頑張って」と声をかけて更に無理を強いる残酷さについて考えさせてくれる一冊です。



 ※注意
 以下はあらすじです。
 結末に関するネタバレを含みます。



 仕事も家庭もお金もあり、誰もが憧れる人生を送っていた男性がいました。

 そんな彼の背中に、突然羽が生えました。

 人々はその奇跡を祝福し、懸命に羽ばたこうとするその羽に「がんばれ!」と声をかけました。

 けれど、どんなに「がんばれ!」と声をかけられても、彼は嬉しそうに見えませんでした。

 人々から注目されたことで、男性の生活は大きく変わってしまいました。

 疎遠になっていた親戚や友人が家に押し寄せ、マスコミから追いかけられ、見知らぬ人たちが記念撮影やサインをねだってきます。

 彼はみんなの期待に応えようと頑張りました。

 だんだん大きくなっていく彼の羽に、人々はなおも声をかけ続けます。

 「がんばれ!」と。

 けれどやっぱり彼自身は嬉しそうに見えません。

 彼の家族の生活も、以前とは変わってしまいました。

 彼と家族との間には距離が生まれる一方。

 彼は羽からくる痛み、睡眠不足、苛立ち、過食に苦しみました。

 ついに羽は見事な翼となりました。

 人々は「がんばれ、がんばれ! 早く飛べ!」と声をかけ続けます。

 …彼は怯えていたのに。

 彼は空を飛ぶようになりました。

 「飛べる」ようになったというより、「飛ぶ」ようになったのです。

 翼は彼の意思とは関係なく、好きな時に好きな場所へ飛んでいってしまうのですから。

 彼は彼なりに、なんとか翼に抗って日常生活を維持しようとしました。

 翼を縛ったり、体ごと椅子にくくりつけたり、思い切って翼から羽根を全部抜いてしまったり。

 …それでも翼は彼の思う通りになりません。

 彼は生活エリア全てをすっぽり覆う檻を作り、檻の中で生活することになりました。

 …家族はもう居ません。

 今、彼のそばに居てくれるのは、運転手さんただ一人。

 とうとう彼は翼を切断されることになりました。

 手術室に入る前の彼に運転手さんが言えたのは「がんばって」の一言だけ…。



 …手術室に入った後の彼がどうなったのか、気になる方はぜひ自分で読んで確かめてください。

 でも、これだけはネタバレしておきます。

 運転手さんだけが、最後の最後に、彼のいない場所で空を見上げてこう声をかけるのです。

 「がんばって。あなたは、あなたらしく」と。

 …ああ、その最後の一言を、誰かが彼に一度でも言ってくれていたら…!

 まるで、鬱病になってしまった人にみんなが「がんばって」と声をかけて、本人もそれに応えようと無理をし続けて、ある日ついに限界がきて心の糸がプツンと切れてしまうような、そんな悲劇を思わせる絵本です。

 他人の思う幸せが本人の幸せだとは限らないのに、押しつけられるなんてしんどいですよね…。

 「がんばり過ぎなくていいんだよ」や「もうがんばらなくていいんだよ」と声をかけてあげられる、もしくは何も声をかけなくてもただ黙ってそばに寄り添ってあげられる、そんな人間になりたい…と、わたしはこの絵本を読む度に思います。

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