還元
二日目以降も来るようでしたら、どこか店に移動して、お話ししましょう。
吹く風が心地よい、古本まつりの会場。数年ぶりに偶然顔を合わせた、古本好きの大先輩から、こう声をかけられた。
すでに彼の傍には、古本が一杯詰まった袋が二つある。相変わらず、旺盛だ。今回の収穫も含めて、訊いてみたいことは沢山ある。
ぜひ、お願いします。そう返事をすると、「では、よろしく」とチャーミングな笑みが返ってきた。
*
珈琲を挟んだ会話は、大先輩がこれまでに読んできた本の話が中心になった。年齢ごとにどんな本に感化され、影響を受けてきたか。
机上には、実際に読んできた本の実物が並ぶ。使い込まれてくたくたになっている本もあれば、買い直されたものもあった。
年寄りが若い人に話すと、説教臭くなって申し訳ないが、と前置きした後、紹介してくれた本がある。
引用したのは、ポール・ヴァレリー「エウパリノス」の中の一節。本作は、プラトンの対話篇からヒントを得た作品で、ソクラテスとその愛弟子・パイドロスの冥界での対話が描かれる。
歳を重ねるごとに、この言葉の重みが増していくーー該当のページを開いて示しながら、大先輩はそう口にする。自身に「そうだよな?」と問うて、「そうだ」と頷くように。
何歳のときに読んだんですか、と訊ねたところ、30になるかならないかだったと思う、との答えが。
「当時のぼくは、もう30か……あとは老いるだけ、と落胆していたと思うけれど、この歳になって振り返れば、まだまだ若いよね。落胆する要素なんて、本当はなかった」
「無数の群衆」であった赤ん坊は、その発育過程で、無限に存在するかに見える進路を取捨選択していき、やがて一つの道を「ベスト」であると見定めて、突き進んでいく。その過程では、本来切り捨てるべきでなかった道が、誤って取捨されるという事態も当然起こるが、それはなかったものとして処理される。いちいち気にしていたら、後悔で前に進むことができなくなってしまうからだ。
「最近の悩みは、若い人を見かけると、見切りをつけるのはまだはやい! と声をかけてしまうところだね」
この言葉を聞いて、パッと頭に浮かんだのは、古本まつりの会場で本と睨めっこをする私の姿だった。これは……ひとこと言っておかなければならない。
「安心してください。自分はまだ見切りをつけていないので」
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