本ノ猪

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本ノ猪

所属先に関係なく、学問する。 2022年1月1日から、隔日(午後8時)で書籍紹介を投稿しています(「本に向かって走り出す」)。 Twitter⇨https://mobile.twitter.com/honnoinosisi555

マガジン

  • 本に向かって走り出す(2023年10月号)

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ため息

 どれだけ心身がぼろぼろになっていても、それをおくびにも出さない人がいる。一方、実際はさほど辛くなくても、オーバーに辛いことをアピールする人もいる。  私の友人・知人には、前者のタイプが多い。疲労が限界値を越えて溢れ出し、当人にはどうしようもなくなったときに、初めて周囲の人間が異変に気づき始める。  限界値を越えてしまった心身を回復するのには、時間がかかる。むしろ、時間をかけて回復できるのならまだいい方で、心身が故障したまま、もう元には戻れないケースも少なくない。私の周りにも

    • 散策

       子どもの頃から、ふらっと出かけるのが好きだった。とくに目的地を定めず、近所をとぽとぽ歩いてまわる。母親に「どこ行っとったと?」と訊ねられると、「どこにも」と答えた。  自転車に乗れるようになると、移動範囲が格段に広がる。同じように出かけるのが好きな友人を誘って、それこそ目的なしに市や県の境を越えた。  ここ数年は、散歩に回帰している。今は、どこまで遠くに行けるか、よりも、周囲をどれだけ細かく散策できるか、の方に関心がある。 *  散歩については、最近一つ面白い発見があっ

      • 校則

         私は生まれてこの方、髪型や服装に強いこだわりをもったことがない。  とくに10代の頃は、髪は伸びれば切る、服は適度に衣替えする、これで十分だった。  こんな感じだと、学校の校則に違反することがない。ただぼーっと生きているだけで、学校側からすれば「規則正しい生徒」と見做される。  一方、私の友人たちの多くは、髪型や服装にこだわりがあった。髪は染めたいし、折り目正しく制服なんて着ていられない。  こうなると、校則とバッティングする。頭髪検査、服装検査が実施されるたびに、ゴツい体

        • 機会

           小説の醍醐味とは何だろうか。  今まで生きてきて経験したことのない出来事を、物語を通して追体験する。それもある。また、小説の物語とそれに類似する自身の経験を重ね合わせて、一致・不一致を愉しむ。どちらも魅力的だ。  後者の場合について、一つ経験談を語ってみたい。 *  シャーリイ・ジャクスンの短篇集『くじ』に「曖昧の七つの型」という作品がある。  本作の舞台は、ハリス氏が店主をつとめる書店。そこにある日、1組の夫婦が訪ねてくる。  どんな本を御所望ですか、という店主の問い

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          当事者

           凍てつく寒さに目が覚める。時刻は、午前5時。  身体を温めるため、湯を沸かして、飲む。布団の中に戻ろうとする欲求を抑えて、読みかけの本に手を伸ばす。寝ぼけ眼が、紙の上をゆっくりと進んでいく。  上記の箇所で、歩みが止まる。スッと次の段落に進んでいかない自分がおり、再び同じ箇所を読み直す。  心臓をギュッと摑まれる感覚を覚えて、気づけば目が冴えていた。 *  考えてみれば、いつだったのだろう。自分は自分から抜け出せない、自分は自分以外の人間になることはできない、と気づい

          当事者

          恩知らず

           「物質」としての本、を感じるタイミングというものがある。  それは、引越しと地震、だ。  本単体、とくに文庫本を見ると、いかにも身軽であるが、それらが集まってダンボールに収まったりすると、かなり重い塊と化す。ダンボールの補強が十分でないと、簡単に底が抜ける。床に叩きつけられる本を見るのは辛い。  次に、地震。自宅には、絶妙なバランスで定位置をキープしている本がある。そこに揺れが生じると、絶妙さに亀裂が走り、崩れる。本好きの中には、「本の下敷きになって死ねるなら本望」と曰う人

          恩知らず

          反要約

           書店の新刊コーナーを物色していたら、一冊の本が目に留まる。 ロゲルギスト『精選 物理の散歩道』(岩波文庫)  ロゲルギスト……知らない名だ。古代ギリシアの哲学者の一人だろうか。  気になって手に取ると、違った。これは個人名ではない。とある物理学系の研究会に集まった七人の研究者(近角聡信、磯部孝、近藤正夫、木下是雄、高橋秀俊、大川章哉、今井功)によるグループの名である。これを筆名として、科学エッセイを投稿していたらしい。  取り組みのユニークさに心惹かれる。とりあえず買っ

          和室

           SNS上で知り合い、今では直接会って話もする友人から、久々に連絡がきた。  私が先日SNSに投稿した「お汁粉(ぜんざい)」の写真を取り上げて、「これ食べてみたいんだけど、作ってもらえないかな」という。材料費は全部出す、とのこと。特段断る理由もなかったので、いいよと承諾する。  友人の家には、私の知り合いの中では珍しく、畳の和室があった。実はこれが承諾した一番の理由でもある。「畳の上でお汁粉食べたら、美味いかも」。一度その想像をしたばかりに、実行せずにはいられなくなった。

          前兆

           私が家族と佐賀県に住んでいたころ、しばしば金縛りにあっていた。  当時私は、十代にも満たない小学生だった。  こう書き出すと、今から怪談話が始まりそうだが、そうではない。私自身、これを怖い体験として受け止めていない。なぜ金縛りにあったのか、その原因がある程度分かっているからだ。  夜寝ているときに金縛りにあうと、きまって翌朝、喉を腫らして、熱を出した。つまり、風邪をひく前兆として、金縛りが起こっていたわけだ。  もちろん、金縛り体験の初回、二回目は、「これはもしかして……

          感性

           大人になると、「子どもは感性が豊か」と言いがちになる。  私も周囲に合わせて言ってしまうことがあるが、心からそう思っているわけではない。  私の子ども時代を振り返ってみても、現今の我が身を嘆きたくなるほど、感性が豊かであったとは思えない。もしかしたら、私が例外的に感性が鈍い子どもだったのかもしれないが。「子どものときにだけ〜♪」と歌うジブリの曲もあるぐらいだし……というか、そもそも感性とは何なのだろう。 *  いまこんなことを考えている、と友人に話したところ、「そんなこ

          貴賤

           私が読書の面白さに目覚めたばかりの頃、純朴に「本好きに悪い人はいない」と思っていた。  しかし、今は違う。ひとえに「本好き」といっても、その中には、人の命を塵芥のように扱う独裁者もいる。スターリンや毛沢東は、その典型例だろう。彼らを「善い人」と評価するのは、至難の技だ。  このことは、それこそ本を通じて知り得たことである。独裁者がどのような本を読んできたか。その一点に注目した学術書は、複数存在する。  現今の私は、「本は誰にでも開かれている」に意見を変えた。読者が子どもであ

          講演会

           亡くなった作家の作品に触れているとき、「この人の話を直接聞いてみたかった……」と思うことがある。  作家の思い・考えは、彼の生死とは無関係に作品の中に生き続けるとはいえ、彼の口から発せられた言葉を直接耳にできるとすれば、それはそれで格別だ。 *  各地で行われる講演会は、作家の声を直接耳にできる身近な機会の一つ。作家当人も、自ら講演会を行ったときのエピソードや、かつて感銘を受けた別の作家の講演会の思い出を記していたりする。  ここで一つ、私の好きな作家の講演会エピソー

          将来

           子どもと話す機会があったとき、絶対に口にしないようにしていることがある。  それは、「将来の夢は何?」という質問だ。  子どもの方から、「私は将来〜」と話し出したら、真剣に聴く。ただこちらから、将来何になりたいか訊ねることはしない。  なぜか。シンプルに、私が子どもの頃、この質問が大嫌いだったからだ。 *  子ども時代の狭い行動範囲、未熟な知識量。その状況で将来の夢を確定してしまうことが、いかに危ういか。  自分が本当になりたいものが、今見えている、知っているものの中に

          コトバ

           複数のSNSをしていると、時々「〜でお勧めの本はありませんか?」という質問をいただく。  質問自体はありがたいのだが、それに応えるのは毎回苦労する。自分の感覚が他人にも通用する、という自信が持てないでいるからだ。 *  数ヶ月前。ある男性から、子どもと一緒に読める絵本を紹介してほしい、というメッセージをいただいた。  この質問者さんは、ある一つの前提に立っている。それは、「本ノ猪」という人は、当然「絵本」も読んでいる、である。  実は数年前にも、別の方から、子どもと一

          ぐつぐつ

           河出文庫に「おいしい文藝」というシリーズがある。  食のワンテーマが設定されて、それに関連する様々な作家の文章が紹介される。例えば、『こんがり、パン』であれば、あらゆる角度からパンが語り尽くされている。  本の表紙に描かれたイラストも魅力的で、棚に並んでいるのを見かけると、どうしても手を伸ばしてしまう。読んでいると、お腹が空いてくるのはネックだが、それは食欲を唆るほどの名文が収録されている証でもある。 *  先日、シリーズ本の一冊『ぐつぐつ、お鍋』を入手する。表紙に描か

          ぐつぐつ

          停酒

           この話、する相手を間違ってない? そういう経験が時々ある。 *  11月1日から5日の間、百万遍知恩寺で開催されていた秋の古本まつりに、今年も参加した。  私にとってこのイベントは、友人・知人との再会の場となっている。とくに示し合わせるわけでもなく、「もしかしたら会えるかも」と思っていたら、本当に会えてしまう。そんな独特な磁場を帯びた場所。  今年も例に漏れず、複数の知人と顔を合わせた。その多くは歓迎すべきものだったが、そうでない場合ももちろんある。  文庫の均一コーナ