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【連載小説】湖面にたゆたう(島田荘司「丘の上」の続編)⑧

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 派遣会社は専用の求人サイトを持っていて、登録者は自分で条件に合う求人を探して応募することができた。また、平行してスタッフから電話やメールで仕事を紹介してもらう。サイトの使い方がよく分からない友子は、スタッフからの連絡を待つことにした。

 夕方には、さっそくスタッフから連絡をもらえた。

「難しいOAスキルは不要な事務サポート」と聞き、少しだけ緊張がやわらぐ。先方は半蔵門にある健康食品の通信販売を行う会社で、就業が決定した場合、友子の主な業務は書類の整理や入金確認を中心に、社員のサポートを行うそうだ。まごまごしている友子をよそに事が進んで行く。次のステップとして、日時を決めて会社に訪問することになった。派遣会社では面接とは言わず、職場見学と言うらしい。

 翌日の午後、友子は登録会と同じような服装で半蔵門に向かった。同行する女性スタッフと駅前で合流し、先方の詳細と面談の流れについて説明を受ける。会社は駅からすぐの雑居ビルの三階にあり、二人が訪問すると、オフィスの一角で面談が行われた。背後では数人の社員が電話対応をしている。先方の担当者はオフィスカジュアルを着た男女二人で、まずは友子が自己紹介をすることになった。 

 友子の職務経歴が書かれた書類には、個人情報を保護するため指名の代わりに「T.S」と書かれている。今日は本名も、学生時代にアルバイトしていた会社名も告げなくていいそうだ。職務経歴の欄には、スタッフが気を使って「アルバイトで飲食店と事務サポートを経験」と記入してくれていた。

 緊張する友子をよそに面談は和やかな雰囲気で進んだ。先方から、過去に経験した具体的な業務内容を質問されたが、仕事の全体を理解していたわけではない友子には、先方の求める返答ができたかどうか分からなかった。面談の最後にスタッフが「では、簡単な自己アピールをどうぞ」と友子に話を振った。

「結婚してから、家の外に出て働いてはきませんでしたが、ずっと、三食きっちり作って、家族を守ってきました」 

 声が震えないように意識しながら、登録会と同じ内容を伝えた。誇れる経験はこれしかないのだ。

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