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"なんという運命のイタズラか!"

躊躇いの残る表情を浮かべた若い男性と、対照的に愛嬌のある笑みをたたえた同い年くらいの女性。バーとしても遅めの時間に敷居をまたいでくれたお二人は誰もいないテーブル席の方に一瞥をくれたが、敢えてカウンターにご案内することにした。女性の方は見覚えがあると直感的に思った通り、

「ワールドカップのときにお邪魔しました。例のケイコの友達です」
 
と打ち明けられた。ケイコとは、今年のサッカーワールドカップの日本戦を店内のプロジェクターで放映した際、現地のスタジアムで観戦しているところを中継の大画面で抜かれた彼女のお友達のこと。「ケイコだ!!!」と彼女が画面を指さして大声で叫んだために、深夜に集まった20代中心の観衆全員の注目を浴びることになった。

「ケイコめっちゃ可愛いじゃん!帰国したら紹介してくれませんか?」
 
といった冗談とも思えないコメントが飛び交って店内が爆笑の渦に巻き込まれたのを憶えていた。瑠璃子と名乗ったその女性は、大学時代の友人だという宏昌君を連れていた。

「みんな仲良さそうだからおっかなかったんですよ」

店の扉側の一面はガラス張りだ。外から中の様子が丸見えなのは、ポジティブにもネガティブにも作用し得る。店に入ることを躊躇った理由を「おっかない」という単語で語ってくれた宏昌君は、ジャニーズ系の甘いマスクのまま聞き役に徹し続けた。

瑠璃子さんはマスカットリキュールを使ったカクテルに品よく口をつけた後、酔っぱらった常連さんに意味もなく英語でしゃべりかけられてもスマートに対応してくださっていた。そのことを私が指摘したことから話題が発展し、国際線にも乗るCAさんであることがわかった。

「もともとCAになりたかったわけではないんです。ふつうに就職活動をする中で受ける企業の一つという位置づけで。でも、途中からCAになりたいという意欲が沸き始めるきっかけがあったんですよ」
 
もったいぶる様子ではなかった。しかし、そのまま話が流れていきそうだったので惜しくなり、

「そのきっかけについては聞かせていただけないんですか?」
 
と、せがむような横槍を入れた。「暗い話になっちゃうんですけど」と前置きをする瑠璃子さんの様子を、カウンターの端の方で話を聞いていた美容師の智樹さんも興味深そうに見つめていた。彼もまたお店にいらしてくださるのが二度目だったので、仄かな親近感を覚えていたのかもしれない。
 
「父と母の仲が急に悪くなり始めたんです。大声で罵倒し合ったりもするようになって、しまいには離婚の話も出てきてしまったり。ただでさえ就職活動のストレスがあったのに、私はどうすればいいのかと途方に暮れてしまって・・・。でもそのとき、母の憧れの職業がCAだったことを思い出したんです。まだ私が高校生だった頃、"ルリちゃんに私の夢を叶えてもらえたら幸せなんだけどなぁ"と独り言っぽくつぶやいていたこともありました」
 
CAになればきっと母を心から喜ばすことができる。そこから事態が好転するかもしれない。そう思った瑠璃子さんは独自の戦略を練った上で採用面接の階段を駆け上がり、進みつつあった他の企業に断りを入れて邁進した結果、航空会社2社から内定を取ることに成功したと言う。しかもその内定の連絡があったまさにその日が母の日にあたり、カーネーションの花を手渡しながらお母様に歓喜の報告をしたのだそうだ。なんと親孝行な、なんとオシャレな母の日のプレゼントであろう。

 
お父様もその結果を大いに評価してくれたため、内定をきっかけにご両親の仲は再び落ち着いていくことになったらしい。"子はかすがい"と言われるが、この場合は瑠璃子さんの強い意志と行動が二人の仲をつなぎとめたと言う他ない。しかし話に聴き入っていた美容師の智樹さんは逆にやや失望したような調子で、

「全然暗い話じゃないじゃないですかぁ。めちゃくちゃ爽やかないい話ですよそれは!」

と言い放った。その天邪鬼な様子がおかしくて私も思わず笑ってしまった。瑠璃子さんは少し照れたように微笑みながら話を続けてくれた。 

「それから厳しい訓練を経てようやくデビューすることになったんですけど、なんと初めてCAとして飛行機に乗ることになったその日が、10月14日・・・私の誕生日だったんです!」
 
空へと飛び立つ、未知の世界へと旅立つ、言うなれば新たに生まれ変わる日がご自分の誕生日とは。並みの映画評論家だったら"なんという運命のいたずらか!"といった手垢だらけの大仰な表現でも遣うであろうか。それにしても母の日の偶然と言い、誕生日の奇跡的な一致と言い、ただ重なり合ったという説明では腑に落ちない、祈りや報いみたいなものの力を想起させるエピソードであった。

しかし、それだけで終わらないのがこの店の不可思議なところでもある。何らかの企みを口元に潜ませた智樹さんが、計ったようなタイミングで、
 
「怖いことを言ってもいいですか?」

と、皆を見渡しながら言った。彼は得意げでありながら、自身の興奮を必死に抑えているようにも見えた。え?何なに?怖いことって???カウンターに座っていた誰もがそんな表情になったのを確認すると、智樹さんは止めを刺すようにこう言ったのだ。
 
「僕の誕生日も10月14日なんです」
 


(了)

*これは事実に基づいたフィクションです。登場人物のモデルになった人物の実名は出していません。
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