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ショートショート#7『テクノさん3』

 僕も彼らにつられて下を見遣った。

「あっ。」

 僕は思わず声を上げ、その場に立ち上がった。その拍子に、隣のカップルもハンバーガーを貪る反対側の客もこちらに目を向け、「なんだ?なんだ?」と奇異な目で僕を見ていた。

「すみません。」

 小さく頭を下げ、肩をすぼませながら僕は腰を下ろした。それから、もう一度窓の先に視線を向けた。そこには一番街通りを甲州街道方面に向かって滑走するテクノさんの姿があった。少しくすんだ緑色のフレーム、右の前方がひしゃげた籠、間違いない僕の自転車だった。

 上から見下ろしていても分かる。大好きなテクノポップを聴きながら思わず綻んでいるテクノさんの表情。スーツ姿の通行人をしなやかにサドルを切って交わしていく、何にも縛られることのない穏やかな身のこなし。

 昼休みはもう5分と残されていなかった。残りのポテトを口に放りこみ、ドリンクで流しこんだ。店を出て仕事場に戻る道すがら僕は何回か行き交う人の肩にぶつかった。けれどそんなこと、この新宿にいれば日常茶飯事であるし、肩があたったとしてもお互い謝ることもしない、したとしても軽く頭を下げる程度で、何食わぬ顔で再び歩を進めるだけだった。

 それは、僕も同じだ。ごった返す新宿で肩やかばんがぶつかったからといって、目くじら立てて相手につっかかる様な軟派なことはしないし、振り返って頭を下げることもしなかった。

 しかし、いつもは気も留めなかったことそのようなことも今は、一度誰かと肩がぶつかる度に自分の中の何かが少しずつ、テクノさんが進んでいった方向に流れてゆく気がした。

 その時、向かって歩いてきた女子高生のスクールバッグが僕の膝辺りをかすめた。それと同時に、やっぱり僕から何かがするすると流れ出ていく。

 僕はその瞬間、心の中でじっとりとした感情が湧き上がるのを感じた。
「畜生。」      

                                続く

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