磨知 亨/Machi Akira

元新聞記者。40年余の取材活動を糧に、故郷・足利(栃木)を主な舞台に物語を手掛けています。趣味は畑・庭仕事、フライフィッシング。自費出版物に「国広、足利で打つ」、「山姥切にもう一度」、「雪月花は家宝だった」など。

磨知 亨/Machi Akira

元新聞記者。40年余の取材活動を糧に、故郷・足利(栃木)を主な舞台に物語を手掛けています。趣味は畑・庭仕事、フライフィッシング。自費出版物に「国広、足利で打つ」、「山姥切にもう一度」、「雪月花は家宝だった」など。

マガジン

  • 柝が鳴る~蔦重と写楽~

    江戸時代の版元・蔦屋重三郎は浮世絵師で歌麿、北斎、戯作者で山東京伝、恋川春町らの才人を見出し、作品を世に送り出しました。役者絵の東洲斎写楽もその一人で、後に世界三大肖像画家に数えられた実力者でしたが、活動期間はわずか約10か月。忽然と姿を消したその謎を追いました。

  • 足利花街物語

    戦後の混乱期にもまれる中、橘綾乃が父とともに頼った先は伯母の営む足利の置屋だった。芸者の道に反発しながらも、次第に花柳界に馴染んでいく。ある日、一人の男性に出会い、恋に落ちる。2人は将来を誓い、花柳界から抜け出そうとするが。織物のまちとして栄えた足利(栃木)の情景を交えながら描く。

  • Every dog has his day.

    新聞記者の江上は早期退職を迫られ、熟慮の末、28年間の記者生活にピリオドを打つ。リーマンショックの不況下、52歳、妻と大学生2人を抱えていた。再就職に不安を抱える中、退職挨拶で訪れた栃木市(栃木県)から、地元に眠る江戸時代の浮世絵師・喜多川歌麿の幻の作品調査を依頼される。当時、歌麿は同市内の旧家、善野家を度々訪れ、大作3部作「雪」「月」「花」はじめ多くの肉筆画を描き、その多くが所在不明だった。2年半の限られた調査期間、離散した善野家の子孫を探し、浮世絵研究家や浮世絵商を訪ね、文献調査を重ね、3部作で唯一、行方不明だった「雪」をはじめ複数の肉筆画の有力情報を耳にする。

  • 小説「ある定年」

    新聞社の非正規記者だった江上はリストラで職を失った。奇しくも65歳の誕生月だった。余生をどう生きようか。遠隔地の地域おこし協力隊の試験に挑戦するが、あえなく落選。自分探しの旅に出て、ある女性から生きるヒントをつかむ。ようやく老後の生きる術を見つけたのも束の間、病魔に襲われる。

  • 「国広と足利」余話

    足利ゆかりの刀工・堀川国広にまつわる足利のこぼれ話を集めてみました。足利領主・長尾顕長の墓、刀剣の生き字引・田部井勇さん、足利の文献・資料、足利の鉄などを随時、紹介しています。

最近の記事

佐野乾山発掘記⑤

  第5話、  表紙をめくると、  ーー乾山伝書 足利 丸山瓦全蔵  とあり、本文らしき記述が  ーー本焼山窯並薬法 ○地土の方惣て陶器に造り候  一、陶器の土の儀は何国の土にても能試み用候……  などと続く。  付箋に紙数49枚とある。B5判大の縦書きの罫紙はセピア色に変色し、流麗な毛筆で書き連ねてある。  江上は自宅に戻り、居間のソファに寝ころびながら、古本屋から借りた「乾山伝書 丸山本」に目を通している。  苦手な古文に四苦八苦しながら拾い読みをすると、陶器に使う陶土や

    • 佐野乾山発掘記④

        第4話、  ーー下野佐野の須藤杜川ら数寄者に招かれ……  ーー佐野伝書とも呼ばれる陶磁製方  掲載写真の陶器の高台裏には、  ーー佐野天明……  などとある。  再度、読み返したが、真贋論争の記述は見当たらない。裏表紙を見る。  発行年は昭和54年。真贋論争事件は確か昭和37年で、事件から17年後に発行の美術書が何故、無視しているのだろう。編集に当たり掲載の必要性がなかったのか、あるいは無視したのか。疑問が沸々と湧き、その不可解さに真贋論争事件の底知れない不気味さも臭う。

      • 佐野乾山発掘記③

          第3話、  段ボール箱は文庫や新書の古本で埋まっている。「1冊どれでも100円」の売り文句に魅かれ、江上は立ち止まって物色を始めた。鬼平犯科帳の文庫本が並んでいる。睡眠薬代わりに寝床で読むには最適だ。数えると六冊あった。全部手に取り、彼は店のドアを開けた。  間口2間で鰻の寝床のような店内は壁や通路中央の本棚、床の上まで古本、古雑誌類で埋め尽くされ、足の踏み場もない。店奥の帳場にいた店主の長沢が黒縁の眼鏡に手を当て胡乱げな眼差しを向けたが、江上の姿を確認すると、頬を緩めた

        • 佐野乾山発掘記②

            第2話、   翌日、企画案を協議するための定例部会が宇都宮支局で開かれた。 デスクの西城が全員に会議資料を配り、当面の取材日程などを説明した。その後、西城が懸案の戦後70年の企画案を議題に載せた。 「戦後70年は生き証人の年齢を考えると、大きな節目となる。この1年、各社とも総力戦で紙面展開するだろう。うちとしては夏に戦争経験者のインタビュー、秋以降には戦争以外で、戦後の大事件や大災害などを特集したい」  遊軍の前原が机の上のパソコンに向い、何か調べている。遊軍とは特定の担

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        • 柝が鳴る~蔦重と写楽~
          12本
        • 足利花街物語
          26本
        • Every dog has his day.
          23本
        • 小説「ある定年」
          26本
        • 「国広と足利」余話
          5本
        • 小説「遊のガサガサ探検記」
          25本

        記事

          佐野乾山発掘記①

           掲載に当たり  佐野乾山との出会いは40年近く前になります。妻と結婚前後でした。たまたま佐野で開かれていた佐野乾山展に足を向け、作品を目にしたのが最初でした。会場で勤務先の役員とばったり会い、「若いのに乾山に興味とは。お茶を楽しむのか」と驚かれたのを思い出します。  その後、異動先の上司が佐野乾山の作品を所有し、茶飲み話にとくとくと佐野乾山の素晴らしさを語っていました。思い起こすと、その作品群は昭和37(1962)年に発生した真贋論争事件に連なるものらしい。  11年前、新

          佐野乾山発掘記①

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑫

            最終第12話   2年が経った。  寛政9年5月6日夕、初夏の乾いた風が熱っぽい額を撫で、蔦重は重い瞼をそろりと開いた。むさ苦しい男四人が覗き込んでいる。 「何だ、お前さんら顔をそろえて。どうも心配かけたようだな」 「倒れちまったって聞いたんで、駆けつけた次第で。それでどうです、躰の方は」 「鉄藏、見りゃ、分かるだろう。もうすぐお迎えが来る」 「何、弱音を吐いているんで、旦那らしくもねえ。旦那にはまだ、働いてもらわねえと、こっちが困るんだ」 「寝込んでるってのに、人使いが

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑫

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑪

            第11話、  新緑の頃、蔦重は東海道を下り、遠路、西国に足を延ばした。  尾州の書肆、永楽屋東四郎、さらに伊勢松坂に国学者の本居宣長を訪ねた。永楽屋は宣長の著作物の独占的な版元で、江戸で急成長する蔦重の耕書堂と連携し、双方の販路拡大を図る狙いがあった。  吉原細見を足掛かりに、蔦重は黄表紙、洒落本、狂歌絵本などの戯作や錦絵を商う地本問屋としての地歩を固めた。4年前、山東京伝の洒落本3冊でお上の禁令に触れ、身上半減。経営再建のため儒学書、仏書、歴史書など硬派の書物を扱う書物

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑪

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑩

           第10話  蛸唐草紋の猪口が長火鉢の隅に当たり、畳の上に転がった。飲みかけの酒が四方に飛び散っている。 「いってえ、どうしたんだ、もう一杯、注ぎ直そうじゃねえか」 「いや、やめとこう。どうも近頃、飲む気がしねんだ」  蔦重は愛用の猪口を長火鉢の上に拾い上げ、お藤の差し出した台拭きで畳を拭った。 「どっか具合でも悪いんじゃねえのか。顔色もさえねえし、両目の下には隈が出てるじゃねえか」 「心配ねえ。ちっと疲れが出てるだけだ」  「蔦よ、お前さんももう40半ばだ。躰は労わってやん

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑩

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑨

            第9話、 「この夏より数多く摺るって、そりゃ、無茶ってもんだ。それで手が足りねえから、旦那はあっしに手伝えとおっしゃるんで」  鉄藏は左手で顎をさすりながら、露骨に渋面を作った。  江戸3座、桐座の男山御江戸盤石、都座の閏訥子名和歌誉、河原崎座も松貞婦女楠の各演目を題材に細判4、50図、目新しさを出すために間判10図前後も手掛ける方針を、蔦重は伝えていた。 「ここで引き下がるわけにはいかねえんだ。甘泉堂、泉市に笑われちまう。版元の意地がある。何としても写楽の役者絵でのし上

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑨

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑧

            第8話  江戸三座は11月の顔見世興行で一年の幕を開ける。役者は座元と1年の専属契約を結ぶ習わしで、この先一年の興行の先行きを占う重大事だ。役者絵を商う地本問屋は3座と一蓮托生であり、競うように役者絵を仕立て主導権争いに火花を散らす。 (はて、どうしたものか)  座敷の蔦重は中庭に目を転じながら、独り思いを巡らせている。楓の葉先が赤く色づき、時折、近くの社叢から百舌がけたたましく鳴き声を響かせ、彼の気持ちを急きたてる。  顔見世興行に賭ける蔦重の思いは計り知れない。役者絵

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑧

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑦

            第7話、  口さがない町衆の嘲笑が思い浮かぶようだ。  ーー行き詰って、とうとう先祖が帰りか。蔦重も落ちぶれたもんだ  一度ひっこめた大首絵の復活は版元の沽券に関わる。面子を押し殺して再度、挑むには前回以上の仕上がりが要求される。当然、高価な雲母刷りが必須だが、座元にそっぽを向かれ、金子の工面もままならない。  とはいえ、写楽のたっての頼みだ。夏の興行で彼の意向を握りつぶし、立ち姿に切り替え、結局、裏目に出た。経緯を踏まえると、無下に却下し、彼の創作意欲を削ぐのは危うい。

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑦

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑥

           第6話  残暑のはずが、額の汗が引き、背筋さえうすら寒い。蔦重は両腕を組み、番頭・勇助の報告を聞いている。惨憺たる売り上げに耳をふさぎたくなるほどだ。 「それじゃ、擦り増しするどころじゃねえな」 「はい。中には売れてるのもあるんですが、総じて予想外に低調で」  5月の反省を踏まえ、蔦重は満を持してこの夏の興行に臨んだ。座元、役者らの不評を買い、資金提供は半減。そのため高価な雲母刷の大判は計8図に抑えた。その代わり、大判の横幅を約半分にした細判計30図、店頭価格は大判の半額で

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑥

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑤

            第5話   どんよりとした梅雨空が低く垂れこめ、胸の内まで重くのしかかる。蔦重は躊躇いがちに錦絵数枚を写楽に差し出した。 「もう目にしてるだろうが、豊国の役者絵だ」 「はい。もう絵草子屋の店先でじっくり見ておりますが」 「そうかい。それで、どう思う、豊国の錦絵を」 「歌川門下、創始者豊春の元で修行しただけあって、見事な腕前だと思っております。どの役者絵も役どころを抑え、観る者を引き付ける力があります」 「確かに。悔しいが、敵ながらあっぱれな出来栄えだ。何とか、これを乗り越

          柝が鳴る~蔦重と写楽~⑤

          柝が鳴る~蔦重と写楽~④

            第4話、 「こりゃ、蔦重の旦那、いつも御贔屓に。今夜はお一人で」  吉原遊郭内江戸町一丁目、妓楼・桜寿楼の店先、牛太郎の丑松が揉み手をしながら、愛想を振りまいた。 「今晩は遊びじゃねえ。内儀に用があってな。いるかい」 「へい、内儀はいつもの奥に。お連れ致しましょうか」 「いや、勝手知ったる桜寿楼だ。入らしてもらうぜ」  蔦重は張り見世の女郎らには目もくれず、暖簾を潜った。妓楼の一階は大広間で、彼は奥の内所に向かった。 「ごめんよ」 「おや、蔦さんかい」  長火鉢の前、内儀

          柝が鳴る~蔦重と写楽~④

          柝が鳴る~蔦重と写楽~③

            第3話  初夏の陽光が降り注ぎ、燕数羽が澄み切った青空を縦横に飛び交う。  寛政6年5月、日本橋通油町、書肆・耕書堂の店先は黒山の人だかりとなった。写楽の役者絵28枚が一斉に軒先に吊るされ、芝居好きの町人らがそれらの錦絵を指さしたりしながら、好き勝手に批評し合っている。 「一挙に28枚、しかも豪勢に黒雲母刷りとは、たまげたねえ。さすが蔦重、てえした気構えだ」 「よくもまあ、こんなに醜くけったいに仕上げたもんだ。役者連中に断りは入れてあんのかい。とても銭出して買う代物じゃね

          柝が鳴る~蔦重と写楽~③

          柝が鳴る~蔦重と写楽~②

            第2話  蔦重は奥座敷の襖を開けた。  座敷には1人の男の姿がある。細面に切れ長の両目、鼻筋が通り、唇は薄く、端正な顔立ちだ。ただ、両鬢の髪はほつれ、顔色は青白く、両目が落ちくぼんでいる。 「精出してやってるみていだな。その調子で頑張ってくれ」 「はい、お陰様で」  その男は絵筆を置き、蔦重に丁寧に頭を下げた。男の脇には画紙の山が積まれ、描き損じた反故紙は乱雑に折り重なっている。 「紹介しておこうと思ってな。絵師の喜多川歌麿だ」 「お初にお目にかかります。歌麿様にお会いで

          柝が鳴る~蔦重と写楽~②