佐野乾山発掘記③
第3話、
段ボール箱は文庫や新書の古本で埋まっている。「1冊どれでも100円」の売り文句に魅かれ、江上は立ち止まって物色を始めた。鬼平犯科帳の文庫本が並んでいる。睡眠薬代わりに寝床で読むには最適だ。数えると六冊あった。全部手に取り、彼は店のドアを開けた。
間口2間で鰻の寝床のような店内は壁や通路中央の本棚、床の上まで古本、古雑誌類で埋め尽くされ、足の踏み場もない。店奥の帳場にいた店主の長沢が黒縁の眼鏡に手を当て胡乱げな眼差しを向けたが、江上の姿を確認すると、頬を緩めた。
「店先にあったこの古本もらうよ。6冊だから600円だね」
「全部買ってくれるんじゃ、半額でいいや。どうせ売れ残りだから」
帳場に差し出された100円玉3個を、長沢は無造作につかみ古びたレジに入れた。
「お茶入れるから、一服していったら。外は寒かったでしょう」
愛犬のシーズーをあやしていた長沢の妻女が奥の台所に向かった。
長沢東洋堂は郷土に関する古書籍、絵画類を中心に扱い、常連の郷土史家らの溜まり場になっている。半年前、江上は県版企画の店舗紹介で取材し、知己を得た。足利学校の正門脇、鑁阿寺、太平記館と観光スポットにも程近いことから、四季を通じて催事も多く、江上は取材帰りに立ち寄っては世間話に花を咲かせている。
「何か取材でもあったの。防火訓練は来週のはずだけど」
「学校門脇の寒紅梅だよ。ちらほら咲いたって連絡があったから」
「1月中旬だから、まあ平年並みかな」
国史跡・足利学校内の学校門、東西の両脇には紅白の梅の木があり、毎年、東の紅、西の白の順で咲く。寒中を彩る風物詩として、各メディアが取り上げるネタの一つだ。
見せる記事なので、写真の出来が勝負となる。最高のアングルは後方に学校門の扁額「学校」を入れ、梅の花を愛でる観光客を取り込む。今年は梅花に立ち止まる人が少なく、うまく全体を取り込めない。仕方なく、門を潜る女性客を入れ、どうにか体裁を整えた。記事はほんの20行弱だ。この程度の話題で粘る気はしない。
「ところで、江戸時代に活躍した陶芸家の乾山に関する古本とか、何でもいいんだけど何か置いてある?」
世間話も一段落し、江上の脳裏に重い宿題がかすめた。黴臭く、薄暗い古本屋特有の雰囲気に刺激されたのかもしれない。
「乾山?」
長沢は訝しそうに細い両目を見開き、
「へえ、驚いたね。焼き物の趣味でもあるの?」
と、聞き返した。
「そうじゃないんだ。ちょっと仕事で使うんだ。素人向けの分かりやすい美術雑誌でもあるといいんだけど」
「通路の本棚の裏側に、確か1冊あった気がしたな。日本の美術っていう美術全集の中に収まってあるはずだが」
江上は席を立ち、本棚を調べた。
本棚は上下6段に仕切られ、美術関係の書籍が詰まっている。中段に日本の美術がずらり並び、その1冊に「No.150 乾山」があった。100ページ程の薄手の本で写真が多用され、門外漢の彼には最適な入門書に思えた。
「見つかった?」
「ええ、ありました」
立ち読みでページを手繰り、江上は佐野乾山の記述を追った。
第4話に続く。