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小説「ある定年」

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新聞社の非正規記者だった江上はリストラで職を失った。奇しくも65歳の誕生月だった。余生をどう生きようか。遠隔地の地域おこし協力隊の試験に挑戦するが、あえなく落選。自分探しの旅に出… もっと読む
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記事一覧

小説「ある定年」①

 小説「ある定年」掲載に当たり  今、地元の足利市(栃木県)が名刀「山姥切国広」で湧いて…

小説「ある定年」②

 その2,  「よう、久しぶり、江上じゃないか」  市長応接室から出てきた中年男が鷹揚に右…

小説「ある定年」③

 その3、  赤城山から吹き下ろす空っ風に、ちぎれ雲が彷徨う暇も与えられず、流れ去ってい…

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小説「ある定年」④

 その4、  大皿にはマグロ、アジ、アカガイ、イカ、エビに卵焼きが盛られ、桶に酢飯、小皿…

小説「ある定年」⑤

 その5、  新聞各紙は連日、ウクライナの惨状を伝えている。家を破壊され泣き叫ぶ老女、赤…

小説「ある定年」⑥

 その6、  山姥切国広展が終わり、鑁阿寺に通じる大門通は人影もまばらで、普段の落ち着い…

小説「ある定年」⑦

 その7、  青葉茂る樹冠の隙間から初夏の日差しが、木洩れ日となってスギ、ヒノキと雑木の混交林に差し込んでいる。江上はゆっくりと歩きながら、沢筋の斜面に目を凝らす。盗掘されていなければこの辺りなんだが。昨年夏、偶然、見つけ、場所は特定している。枯れ枝を片手に持ち、蜘蛛の巣を払いながら、注意深く探し求めた。  メジロが高音を張り、縄張りを主張している。繁殖期の真っ最中で、林は命の息吹に満ち溢れている。  ふと、右前方を見遣ると、倒木が数本折り重なり、枯れ葉の堆積するどんよりくす

小説「ある定年」⑧

 第8話、 「お父さん、今、電話で話せる?」 「急ぎか」 「うん、大丈夫だけど」 「そうだな…

小説「ある定年」⑨

 第9話、  ーー私の最初に勤務した日刊栃木のスローガンは「郷土とともに」で、常に地域に…

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小説「ある定年」⑩

 第10話、 「基金って3階部分のことだろう、だから、これって基金から別枠で上乗せされるん…

小説「ある定年」⑪

 第11話、  暖簾を潜ると、カウンターの一番奥、壁際に加藤は座り、既にグラスのビールを傾…

小説「ある定年」⑫

 第12話、  空梅雨気味で、真夏の陽光が照り続け、猛暑日が続く酷暑となっている。足利は全…

小説「ある定年」⑬

 第13話、  打ち水の撒かれた飛石伝いに進むと、玄関のガラス越しに女将の立ち姿が見えた。…

小説「ある定年」⑭

 第14話、  「次の仕事すぐ決まったらいいけど、決まらなかったら雇用保険を受給しながら仕事探しね」  8月のある晩、妻の千香が夕飯の素麵を啜りながら、話しかけてきた。会社からの通告以来、夕食時は自然と65歳定年後の話に傾く。 「雇用保険って、世間並みに65歳定年で晴れてお役御免になっても、まだもらえるの」  江上は焼酎のグラスをテーブルに置いて、千香の顔を覗き込んだ。 「健康で働く気があれば、もらえるわよ。いくつになったって」 「つまり65歳定年後も、国民よ働け、と、国にけ