hitokoto

線分。

hitokoto

線分。

最近の記事

解離のような解離でないような

2023/2/23(木) 4時半に目覚め、側の物干しに目がいった時、心底驚いた。 干してあるはずの洗濯物が何もない。 親の洗濯物を干すために自分の洗濯物を他へ移さねば。シャワーも浴びなければ。そう思いながらも寝入ってしまった。 なのでおかしい。物干しが空なのはおかしい。誰かが洗濯物を除けたのだろうか。いや、そんなことをする人はいない。では、誰が移したのか。 小心者なので人影が不意に現れそうでどきどきする。 いくら考えてもわからない。考え疲れて納屋を見に行った。親の洗濯物

    • 世界を愛おしむ。

      今朝、母が居間で倒れていたとの連絡を受けた。 様々な可能性に思いを巡らせながら急ぎ車を走らせた。 数時間後に目にした母はベッドに横たわり小さく見えた。 意外なことに、脳のMRI、血液検査の結果は何ら異常はないので退院してくださいとの指示を受けた。 起き上がりは覚束なかったものの、車椅子や車への移乗動作は安定しており、安堵した。 自宅へ戻った母は、みるみる元気を取り戻し、いつも通りに会話を楽しみ、 食事も摂り、先程までははリビングで新聞を熱心に読んでいた。 むろん

      • お金のはなし

        人に貸したお金が返ってこなかったことがある。 SNSつながりではなくリアルに知り合った人。 千万円近いお金はわたしにとって大金だし、 それだけのお金を働いて取り戻すには どれだけの年月がかかるのだろうと落ち込みもした。 自分史に大きな損失が黒々と書き込まれるのは嫌なものだ。 でも、いくら悩んでも返ってこないものは返ってこないのだし、 お金を用立てしたくなる状況が当時のわたしにはあったのだし、 これはどうにも仕方がないのだった。 それに、金銭的な損失はたしかに

        • 階段

          事務室の引戸棚、 幾つもの戸を次々にこじ開ける、 冷蔵庫、ここにもない、 冷やさなければ、早く見つけないと。 地面に横たわる外階段、 水色にべったりと塗られた外階段、 付け直す必要はないよね、 どうせ取り壊すんだから、 お客さん、この階段ですね、 こちらもそちらも支払いゼロ、ゼロってことでいいですね、 あっ、それは、 口ごもる処理業者。 U駅窓口、A駅まで、1万円札を手渡す、 小銭だけを手にした係員がこちらを向く、 それは変でしょう、9千幾らかのお

        解離のような解離でないような

          発熱外来

          ストレッチャー、点滴スタンド、酸素ボンベ。 この病院にかかったことは? 初めてです。 移転前の病院に来たことはあります? ありません。 えっ? カルテがありましたよ。 記憶を辿ろうとしたが思い出せない。 そのスズキカオルはおそらく別人だ。 他人の個人情報を体内に取り込み、旧院の時間外受付から侵入した。 医療備品もスタッフも既に新院へと移っていたが、 暗い病棟に唯一残されていた端末を操作し、 足跡を残したのだ。 カオルの目的は知る由もない。 新型コロナ

          発熱外来

          引き出し

          家の引き出しを整理するのは大変だった。 塾の講師がわたしを待っている。 早くノートを取り出さなければ。 赤紫の風呂敷。布。刺繍糸。 この引き出しではない。 ようやくノートが見つかった。 だが、開いてみると使い切っている。 2冊目もだめだ。 早く見つけなければ。 古びてはいるが使えるノートをやっと見つけた。 地図はどうするのか。 1ではだめだ。0.1。 都市や入り組んだ山道は0.1。 山の話。 何という題名だったか。 思い出した。 泥流地帯。

          引き出し

          ルール

          早朝のバス停で休んでいた女性を40代の男が石を詰めた袋で殴り殺した。 男は「近所でゴミ拾いのボランティア活動をしていて、バス停に居座る路上生活者に退いてほしかった」と供述したという。 この男は校則を律儀に守る生徒だったのかもしれないな。 地毛は黒でなくてはならない。 下着は白でなくてはならない。 ポニーテールは禁止。 生徒は監視される。 ルールに反する者は罰せられる。 異物のように摘出される。 男にはバス停にいた女性が異物に見えたのだ。 バスが走らない時間

          どうしようもない話

          わたしたちの願いは一致していた。 わたしはその人の無事を毎日祈り、 その人はわたしの日常が平穏であることを祈り、 二人は世界が平和であることを祈った。 彼女は国連軍の兵士として中東の戦地にいた。 司令室での任務が基本だが、偵察任務に携わることも多く、 所属部隊の兵士が負傷することもあった。 戦場ではテロリズムが席捲し、多くの病院や学校が破壊された。 市民や子どもたちは悲惨な生活を送っていた。 何故こんな理不尽なことが続くのか。 わたしたちの怒りは尽きること

          どうしようもない話

          駅の名前

          線路を辿っていく。 駅に着くと拡大してストリートビューにし、 その全景と名前を確かめる。 この駅も違う。 次の駅も。 目的の駅はなかなか現れない。 次の駅を見て驚いた。 知人のお母さんが駅名になっている。 次の駅はお父さんの名前だ。 あんまり驚いたので誰かにメールで知らせようかと思ったが、 忙しいかもしれないと思いとどまる、 そんな夢を見た。 午後の日差しが暖かい。

          駅の名前

          起結

          車の窓が閉まらなくなった。 スイッチを操作しても、一瞬がたっと揺れるだけだったり、無反応だったり。 何度も試すが上手くいかない。 エンジンを一旦止めて再始動したり、 手でも押し上げたりして漸く閉まった。 窓を閉めたまま3週間が過ぎた。 閉まらない窓は開けることもできない。 重い朝を少しでも軽くする術はあるだろうか。 これから続く時間が際限のないものに思われる。 窓は今日直してもらった。 久しぶりに開けた窓から心地良い風が吹き抜けた。 10時間後に朝が来る

          記録

          日記を手に取る。 10才の冬。 何があったか。 誰と会ったか。 何を感じたか。 こうしてページを開くことで、 いつでもその日の出来事が蘇る。 今日読んだのはこの本。 残された手記。 苦しみ抜いた彼が書き遺したもの。 なかったことにされた真実に、 わたしたちは触れることができるようになったのだ。

          駐車場に停めた車に乗り込んだが慌てて降りたことがある。同じような位置に停められた同型同色で、あろうことか鍵穴まで一致する他人の車であることに気づいたから。 廊下を歩いていると不意に違和感を覚える。自分ではない何かが歩いているような感覚。右、左、右、左。足が歩いている。なぜここを歩いているのだろう。歩いてどこへ行くのだろう。 月日を重ねて今に至る。遠い記憶。海。花火。風。歌。旅。笑い、泣いた日々。 しかしあれは本当に自分だったのか。本当の自分はどこにいたのか。

          破片

          街中に飛び散ったガラス片が、 ボランティアによって集められ、 工場に運ばれて、 水差しや瓶として再生する。 資金は個人の寄付で産み出され、 作業に従事する人の雇用を創出する。 粉塵に霞む視界を埋め尽くす 無数の破片。 拾い集めよう。 ひとりひとりの手で。 降塵に汚れきった表面を、 丹念に洗い流して。 信じよう。 醜く砕け散った世界が、 いつの日か蘇ることを。 夢のように輝く明日が来ることを。

          余命

          干潮の時をねらって一斉に羽化した雄たちが、波打ち際を滑空し、 パートナーの姿を探し求める。 彼らには口がなく、餌を食べることもできない。 残された時間はごく僅か。 1時間後に彼らは死に絶えてしまう。 ウミユスリカの生涯。 昨朝目にしたツイートはこのようなものだった。 交通事故で救急搬送された男性を救うことはできなかった。 そう医師に告げられた奥さんは、 「今朝、ごみ捨てしてよ、なんでくくんないの?!と怒鳴ってしまった。 今日、あの人の好きなもの作ったのに、なんで今日なんです

          静物園

          日本最古の植物園は小石川植物園。貞享元年(1684)に徳川幕府が設けた小石川御薬園がその前身で、16万㎡の敷地に4000種の植物が植えられている。 日本最古の動物園は上野動物園。明治15年(1882)に開園、350種、2500頭の動物を飼育している。 では、静物園はどこにあるのだろうか。 昭和17年(1943)4月、16機のB25による本土爆撃は日本に大きな衝撃を与えた。空襲時の脱走を防ぐために、翌18年8月、上野動物園ではゾウ、ライオン、トラ、クマ、ヒョウなど14種27頭が

          静物園

          残骸

          小さな温もりと幸せがそれらには宿っていたのだ。 だが、見る間に熱量は失われ、 冷えた塊へと変成していく。 硬化し堆積していく異物たち。 表情のない地層のように。