静物園

日本最古の植物園は小石川植物園。貞享元年(1684)に徳川幕府が設けた小石川御薬園がその前身で、16万㎡の敷地に4000種の植物が植えられている。
日本最古の動物園は上野動物園。明治15年(1882)に開園、350種、2500頭の動物を飼育している。
では、静物園はどこにあるのだろうか。
昭和17年(1943)4月、16機のB25による本土爆撃は日本に大きな衝撃を与えた。空襲時の脱走を防ぐために、翌18年8月、上野動物園ではゾウ、ライオン、トラ、クマ、ヒョウなど14種27頭が、薬殺や餓死により殺処分された。飼育係は気性の穏やかな2頭の象を救ってほしいと懇願したが、その願いは叶えられなかった。
戦時猛獣処分は19年に本格化し、宝塚、大阪、京都、仙台、福岡、名古屋などの動物園で数多くの動物たちが殺処分された。
天王寺動物園で、ネクタイを締めフォークやナイフで食事をするなどの芸で人気者となったチンパンジーのリタは、戦時には軍服姿で銃を担がされ戦意高揚に利用された。こんな歴史があるため、現在の同園では、動物に芸を仕込むことは一切しない。猛獣では、オオカミ、クマ、ライオン、ヒョウ、ハイエナ、トラ、ホッキョクグマなど10種26頭が殺処分された。入園者を背中に乗せて人気を博した3頭のタイ象は食糧不足による栄養失調で死んだ。20年3月の大阪大空襲では園内に投下された2000発の焼夷弾により猛禽舎が焼失、オオワシ、トビ、アオゲラ、オカメインコ他10種33羽が焼死した。終戦後も深刻な食糧不足は続き、終戦時に11羽いたタンチョウヅルはほとんどが餓死し、生き延びたのは1羽だけだった。動物たちのほとんどがいなくなった惨状により、同園は静物園と呼ばれた。
ロンドン、ミュンヘン、フランクフルトでも戦時殺処分は行われた。
戦争の狂気の歴史のなかで静物園は存在したのだ。

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