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「スタイルズ荘の怪事件」 アガサ・クリスティ

アガサ・クリスティの生み出した名探偵の中でも、最も知られているのは、灰色の脳細胞を持つ「エルキュール・ポワロ」でしょう。

卵型の禿げあがった頭に、口元にちょび髭を蓄え、身だしなみをしっかり整える紳士然とした立ち振る舞い。

そんな彼のイメージ通りの配役が、デヴィッド・スーシェ。彼が演じるドラマは、その背景映像の趣と相まって、瞬く間に視聴者を、第1次世界大戦直後の英国に誘ってくれます。

この名探偵、ポワロが初登場するのが「スタイルズ荘の怪事件」

今回は「スタイルズ荘の怪事件」について感想を書いてみようと思います。

デビュー作とラスト作を同時に書いていた

この作品、アガサ・クリスティのデビュー作です。実は1916年に書かれていたらしいんですが、実際出版されたのは1920年。

そこから徐々に火がついて数千部売れたようですね。

デビュー作とは言えないような要素が満載な作品ですが、実は、この作品と同時に書かれているのが、ポワロの最終作「カーテン」です。

何故そんなことをしたかというと、当時の著作権に関係しています。

確か著作権が整備されておらず、英国の英雄シャーロック・ホームズは、作者のコナン・ドイル死去後、亜流がたくさん生み出されています。

モーリス・ルブランのルパンシリーズでも、「ルパン対ホームズ」として、ホームズがやられ役で、描かれていました。(この作品、ルパンのすごさが際立つんですが、さもありなん)

そういった状況を見て、最初っから最終作を書いてしまえば(つまり主人公を死なせてしまえば)そういったことにはならないだろう、という配慮により、処女作とラスト作を一緒に書くに至ったようです。

この2作、しかも舞台は同じスタイルズ荘ですから、ファンにはたまらないものがあります。

第1次世界大戦後の英国

この戦争は1914年から1918年まで続いた戦争でした。帝国主義が行きすぎすると、弱い地域の植民から、大国通しの争いへと発展していくのは自明だったのかもしれません。今にも崩れそうなバランスの上に成り立っていた均衡は、サラエボの大公を狙った銃弾によって崩れ去ります。

この戦争の負の遺産として語られるのは、ドイツ軍による毒ガス兵器の使用と、独仏戦時の塹壕戦に伴うシェルショック(戦争後遺症)でした。

世界を巻き込み、負の遺産をも生み出した戦争が終わりを迎えようとしていた時。スタイルズ荘の怪事件が幕を開けます。

ここで、余談

この時期、今では当たり前になっている娯楽がありません。それは何かというと、テレビです。ラジオですら当時は珍しいものだったことでしょう。

そう言ったメディアがない世界が存在していた世界。想像できますでしょうか?

家に一人でいると、本を読むか、お茶を飲むか、何かを食べるか、庭に手を入れるか。一人で外出するにしても、カフェにいくか、カフェで語らうか、散歩するか、、、。

そういう世界で、アガサ・クリスティの物語は紡がれていきます。そしてこの世界の魅力こそが、彼女のミステリーの醍醐味となっています。

DNA捜査も、録音機能も(彼女の最晩年に技術革新が進み、これがトリックになるのですが)、そういった科学的なものを判断材料に使えない時代。

ホームズの様に地道な犯罪遺物の探索や、ポワロのような状況から頭の中での論理構成の組み立て、アガサ・クリスティが生み出したもう一人の名探偵ミス・マープルのように日常の会話や日常の違和感から犯罪を追及していく、、そういった、要素がふんだんにあふれているんですね。

誰でも解決に手が届く。そして納得性がある。このあたりが、この時期がミステリーの黄金時代と言われる所以でしょう。

ポワロとヘイスティングス

さて、登場人物について触れてみます。

ポワロはベルギー出身。この時のドイツの侵攻によりイギリスへの亡命を避けられなくなり、ここから彼と英国の縁が紡がれていきます。

彼の英国での生活を助けたのが、小説の舞台となるスタイルズ荘の女主人。彼女の計らいでスタイルズ荘近くに居住することになったんですね。

この女主人、エミリー・イングルソープの息子、ジョンの友人が、奇遇にもポワロのベルギー時代の友人で、のちにポワロの相棒となるアーサー・ヘイスティングス。

彼が、ジョンの誘いを受けて、スタイルズ荘を訪れるところから物語が始まります。

この小説・ドラマの見どころ

ネタバレは回避しますが、このドラマや、小説を見るときに予備知識として持っておいた方が良いのが以下の3つ。

1,一事不再理
一事不再理とは、ある事件について被告人を一度訴追した場合に、同一事件について再度の公訴提. 起を許さないという原則を意味する

この原則に基づいて、犯人は劇中で行動していきます。

2,毒薬の取り扱い
これも、冒頭からとある毒薬が登場しますが、この扱いが結末に影響を及ぼしています。


3,複雑な人間関係と感情の動きの交差
いろんな怪しい出来事が起きます。それぞれがミステリーの結末を示唆しているようにみえるんですが。。この辺りの交差を上手く描いていると思います。

といったところですが、一事不再理のような事柄を取り込んでくるのはクリスティならでは。

彼女のミステリーの魅力は、小難しい謎解きではなく、きちんとしたストーリーの中に、ちょっとした自然発生的な出来事(ちょっと気が付いたこととか、ほんの些細な事)が犯罪解決につながるところ。

基盤の物語がしっかりしているから、感情移入して読めますし、謎解きも、あっあのときの!という感じで、わかりやすいんですよね。そのあたりが大きな魅力ですね。

(たとえば、記憶の中の犯罪が壁紙によって思い起こされるとか、鏡に映った犯人の表情、顔は黒いのに腕が白い乗客がいた、片方が義眼の紳士が見た方向、録音機、犯人は全員だったとか、犯人はいるが手を下さずとも自死に誘うとか、大きな音を出すと誰もがそっちを振り向くという人間の基本行動を逆手に取ったり。)

そんなわけで、スタイルズ荘の怪事件でした。

気ままな午後に紅茶をたしなみながら、ご覧になってはいかがでしょうか。




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