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左派の好ましくない側面(前編)【連載】人を右と左に分ける3つの価値観 ―進化心理学からの視座―

※本記事は連載で、全体の目次はこちらになります。第1回から読む方はこちらです。

 共産主義のような極端な例を除けば、人の本性を協力的なものだと捉え、不平等に不寛容で、自民族中心主義ではないといった左派の価値観パッケージは一見理想的に見えます。しかし、このような左派にも好ましくない側面がいくつかあると私は考えています。それは「人間の生得的・遺伝的研究の否定や妨害」「脅威に鈍感で然るべき対応が取れない」といった点です。

 第4章で触れたように、左派は遺伝的要素や人の生まれつきの性質を軽視し、人の心をまっさらな空白の石版(ブランク・スレート)として捉えたり、教育や環境によっていかようにも変えることができると考える傾向にありました。しかし、これとは反対に、心や脳、遺伝子、進化に関わる現代の諸科学は、ブランク・スレート論が真実ではないという所見を着実に積み上げています。こういった研究報告を好まない左派は、これまでこういったブランクスレート論に反するような研究報告、知見の整理を非難したり、妨害したりしてきました。その様子は進化心理学者、スティーヴン・ピンカーの著書『人間の本性を考える(上)』(NHKブックス)の「第6章 不当な政治的攻撃」で詳説されていますが、左派はこれまで人間の本性に関する新しい科学に対して、嫌がらせ、中傷、誤伝、引用の改ざん、ひどい誹謗文書などを浴びせてきました。その一部をご紹介しましょう。

 例えば、心理学者のポール・エクマンは1960年代の終わりに、ほほえみ、険しい顔、冷笑、しかめっ面などの表情が、それまで西洋と一度も接触がなかった狩猟採集民も含め世界中で見られ、意味も理解されることを発見し公表しました。これは表情とそれが意味する感情が人類に共通する生得的なものであることを示唆していたため、左派の怒りを買うことになります。文化人類学者のマーガレット・ミードはこの報告を「とんでもない」「ぞっとする」「面よごし」だと評し、アメリカ人類学会の年次大会では、聴衆の中にいた民族音楽研究家のアラン・ロマックスが「エクマンの考えはファシストの考えであるから話をさせるな」と叫びました。アフリカ系アメリカ人の活動家も、この報告を「人種差別」だと非難しています。
 他の例としては、1975年に出版されたE・O・ウィルソンの『社会生物学』があります。この大著では、「社会間の普遍性の一部は(道徳意識も含めて)自然淘汰によって形成された人間の本性からきている可能性がある」といった仮説などが書かれていますが、これも左派から、「優生思想」「社会ダーウィニズム」だとレッテルを貼られて集中砲火を浴びました。
 また、離れて育てられた双子について研究するミネソタ・スタディ・オブ・ツインズ・リアード・アパート(MISTRA)というプロジェクトが、性格や好奇心、一般知能、習慣の墨守などに遺伝要因が強く働くことを明らかにしたときにも同じようなことが起こりました。その成果が1980年代に最初に世に出始めたときに、この研究を立ち上げたミネソタ大学のトーマス・ブシャール・ジュニア教授には左派から「人種差別主義者」「詐欺師」「ナチス」といった非難が浴びせられたのです。大学から解雇させようとする動きすらありました(注1)。
 最近でも、「黒人は身体能力が優れている」「女性は言語運用能力が高い」「ユダヤ人やアジア人は平均IQが高く、それは部分的に遺伝する」といった報告がありますが、こういった研究報告を正当な理由なく、政治的な理由だけで非難すれば、自由な研究ができなくなり、人間の生得的・遺伝的な研究を窒息させることになりかねません。そのため、こういった学問や研究の自由を尊重し、政治的な理由だけで口を挟むのは、慎むべきだと私は考えています。倫理学者のピーター・シンガーも、「私たちは進化した動物であって、その証拠が身体構造やDNAだけでなく行動にもあらわれているという事実を左派がまじめにとりあげるべきときがきている(注2)」と書いています。
 こうした生得的な個人差に関する事実は、抑圧されるべき禁断の知識などではなく、むしろ「自由と平等のトレードオフ」や教育、社会制度を考える上で役立つ情報として活用すべきなのです。つまり、利己心や支配欲、性差などの全人類に共通した要素を無視したり、存在しないものとして扱うのではなく、科学的な研究成果に基づいて、利己心を健全なインセンティブへ昇華させるよう促す社会制度を構築したり、支配欲を適切なチェックアンドバランスによって抑制し権力の集中・乱用を防ぐ法制度を整備すべきでしょう(共産主義はこれらを無視したため、権力の集中と衰退に陥りました)。
 性差の違いについても、男女のインセンティブの相違を考慮に入れれば、管理職や公職、教育機関で男女比を同一にすることを要請するような行き過ぎた男女平等に陥らないようにしたり、男性に対する逆差別をなくすのに役立つかもしれません。


1. 『あなたがあなたであることの科学 ; 人の個性とはなんだろうか』デイヴィッド・J・リンデン著; 岩坂彰 訳; 河出書房新社; 2021年, 34.
2. Peter Singer, A Darwinian Left: politics, evolution and cooperation. New. Haven, Conn.: Yale University Press, 1999. p.6. 

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