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社会を競争の場と捉える右派、協力の場と捉える左派【連載】人を右と左に分ける3つの価値観 ―進化心理学からの視座―

※本記事は連載で、全体の目次はこちらになります第1回から読む方はこちらです

 第1章で述べたとおり、左派は共感や視点取得に関わる前部帯状回が大きい傾向にありました。そのため、人の本性を協力的なものと捉える傾向にあります。これに対して右派は恐怖信号を検知し感じる扁桃体が大きい傾向にあったことから、世界を敵意と危険に満ちた弱肉強食の世界だと感じる傾向にあります。このため、人の本性を協力的なものではなく、競争的なものだと見なしやすいのです。右派は実際の世界にとどまらず、睡眠中も世界を危険な場所として認識することから悪夢を見やすいということが米国で報告されています(注1)。具体的には共和党の支持者は民主党の支持者と比べて約3倍も悪夢にうなされやすいのです。

 世界を「人種同士が覇権を争っているゼロサム・ゲームの闘争の舞台」であると捉えていたヒトラーは演説や著作で自身の信条を展開する際に頻繁に自然淘汰や適者生存を引き合いに出していました。社会ダーウィニズムや遺伝学の影響を受けた彼は、人種によって知能や勇敢さ、誠実さ、強靭さ、道徳心などが異なると信じていたのです。また、劣った人種が滅びるのは自然の叡智の一部であり、優れた人種の才気や美徳は遺伝的な純粋さによって保持され、劣った人種との交雑によって劣化してしまうとも書いています。このような信念に基づいてユダヤ人やジプシー、スラヴ人、同性愛者の集団虐殺を推し進めていったのです。1928年のバイエルン、クルムバッハでの彼のスピーチにも社会ダーウィニズムの影響が見て取れます。

闘争の概念は、生命そのものと同じくらい古いものであり、他の生物が闘争によって滅びることで、生命が保存されているだけである…闘争では、より強く、より能力の高い者が勝ち、一方で、能力の低い弱い者が負ける…人間が生きているのは、人間性の原則によってではなく、動物の世界の上に自分自身を維持することができるからでもなく、もっぱら最も残忍な闘争の手段によってのみである(注2)。

 右派は恐怖信号に敏感で恐怖を覚えやすいことから、社会に対しても悲観的な捉え方をする傾向にあります。そのため、社会の退廃をより感じやすく、世界や道徳が悪化していると捉えやすいのです。さきほどのRWAテストでも「我が国を内側から毒している腐敗」や「こんな物騒な世の中に」というフレーズの含まれた設問に右派が同意しやすかったのはこのためです。本当にそれらが悪化しているかということは別として、「保守」という政治的立場はこれまでの古き良き状態を維持し、このような悪化や退廃を食い止めることを目指してきました。
 日本でも、これまで右派の文化人や活動家が日本社会の退廃を嘆いてきました。例えば、石原慎太郎元東京都知事は、敗戦から続いてきた平和によって、日本民族が堕落してしまったと語っています。米国に国防のほとんどを任せっきりにして、国民はひたすら金銭欲、物欲、性欲の三つの「我欲」ばかりを追い求めてやまないことを嘆き、東日本大震災は、そうした堕落した民族に対する天罰だと発言して世間を騒がせました。
 もっと古い例でいえば、三島事件に参加した右翼活動家、古賀浩靖も石原慎太郎と同じような退廃を感じ、裁判で次のように陳述しています。

戦後、日本は経済大国になり、物質的には繁栄した反面、精神的には退廃しているのではないかと思う。思想の混迷の中で、個人的享楽、利己的な考えが先に立ち、民主主義の美名で日本人の精神をむしばんでいる。(中略)その傾向をさらに推し進めると、日本の歴史、文化、伝統を破壊する恐れがある(注3)。

 二人の発言の背景には、かつての日本民族は堕落していなかったという認識があるようです。ともに戦前に日本人がもともと持っていた気質や精神を取り戻すべきであるという右派らしい価値観が垣間見えます。

 これに対して左派は、脅威にやや鈍感なところがあります。例えば、左寄りの政治を行ってきた鳩山由紀夫元首相は2018年2月のプリンストン大学での講演で、中国脅威論を否定しています。また、南シナ海問題についても、「中国は排他的な海洋支配を考えているのではない」と持論を展開したうえで、「安倍晋三首相は最近『反中国』の発言を少し控えているが、『中国脅威論』を掲げていることで有名だ」と当時の安倍首相と中国脅威論を批判しています。


1. K. Bulkeley, “Dream Content and Political Ideology,” Dreaming 12, no.2(2002): 61-77; J. T. Jost, J. Glaser, A. W. Kruglanski, and F. J. Sulloway, “Political Conservatism as Motived Social Cognition,” Psychological Bulletin 129, no.3(2003):339.
2. Alan Bullock, Hitler, a Study in Tyranny, completely rev. ed. (New York: Harper & Row, 1962).
3. 春の雪 第一回公判, 裁判 1972, pp. 20-59

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