【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第四章「白村江は朱に染まる」 後編 27
その夜、二人は歩哨に出た。
まだ、今朝方の興奮が冷め遣らない。
「今朝は凄かったな」
「ああ、あれが戦なんやな」
山中は、恐ろしいほど静かだ。
「なあ、弟成、お前、このまま大伴の兵になってもええんか?」
「黒万呂は、どうなんや?」
「俺は……、ええよ。大伴の兵になれば、八重女に合うこともできるかもしれへんしな」
「そうか……、そやね」
「いや、俺が言いたいんは、本当に三成兄さんの敵を取るきかと訊いてんねん?」
弟成の返事はない。
「お前、本当にそれでええんか?」
「なんで?」
「いや、入師様に言われたやろう、復讐が正しい道かって?」
「いや、俺は……」
「それに、三成兄さん、復讐なんて望んでんのやろうか?」
「俺は……、あの時の……、兄さんの光景が頭から離れんのや。だから……」
「だから……、復讐すんの?」
「いや、分からへん。ただ……、生きていくためかもしれへん」
「生きていく?」
「そうや、俺はあいつが憎い。兄さんを殺したあいつが。だから、あいつを殺すために生きているのかもしれへん」
それが、弟成の生きる道なのかもしれない。
黒万呂は弟成を見た。
松明に照らされた横顔は、悲しそうだった。
城の周囲を一周して、門の辺りに来た時に、弟成は藪の中で何かが動くのが見えた。
「黒万呂、なんかいま動かへんかった?」
「えっ、どこ?」
「そこ! その藪の中!」
弟成は、藪の中を松明で照らす。
黒万呂は目を嗄らす。
「人か? 敵かな?」
「えっ、敵? まずいやん。どないする?」
「どないするって……、確かめんとあかんやろ。行くで!」
黒万呂は、松明を藪の中に翳す。
確かに、誰かがいるようだ。
「誰や?」
黒万呂が誰何した。
………………返事はない。
「誰や?」
もう一度問うが返事はない。
2人は覚悟を決めて、藪の中に入り、その人を引きずり出した。
かの人は震えていた。
黒万呂が松明を翳す。
長い鬚が特徴的だ。
「新羅の間者じゃなさそうだな」
「着物が百済服やしな」
「おい、お前は誰やねん?」
それでも男は答えず、震えている。
「どないする?」
「どないするって。兎に角、兵長の所に連れて行こう。おい、お前、立て!」
弟成と黒万呂は、男を大津のところに連れていた。
彼らが発見したこの男こそ、倭軍が必死になって捜索していた豊璋王であった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?