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【コインランドリー】2. 廻る。  -全3編-


やっぱりそうだ。そうだった。
去っていく青年の後ろ姿を見ながら、僕は身震いした。


かすかに記憶にあったあのコインランドリーを思い出したのは5年前。
大学2年の春先、なんでもないあの日のこと。
あの悩める少年とよくわからない挙動不審なスーツの男のことが、僕はなぜだかずっと気にかかっていた。そして、だんだんと思い出したのだ。

小学生の頃、親の転勤で初めて転校し、まだ誰も友達がいなかった僕はいつもみんなが歩く道からはずれて誰もいない道をとぼとぼと帰っていた。
そしてある日、いつもは人通りの少ないその道でたまたま出くわした一人の青年に、ずっと寂しかった僕はなんとなく仲間なんじゃないかと思って話しかけたのだ。
そっけなく返されてしまったけど、あの時の青年の言った通り、だんだんとクラスに馴染んだ僕は友達もできていつしか駅前の大きな道を友達と帰るようになった。
大学生の頃の僕は、幼い時のことなんてまるで思い出さなかったけど、あの友達のいなかった少年は、きっと僕だ。
そして、あの時少年が話しかけた青年。
あれは10年後の少年、つまり、今から10年前の僕だ。


そんなことがあるだろうか。
ただの境遇が似た少年と会っただけのことだったかもしれない。
でも、あの10年前のささいな出来事が今まで度々頭をよぎった。

そして、ということはだ。
あの日、コインランドリーで会った訳のわからないスーツの男。
あれは30才の僕だったのではないだろうか。
そんなファンタジーのような仮説が頭に浮かんだのは3,4年前のことだった。
ありえない。そんなことが起こるはずはない。
そう思いながらも、僕は30才になったらあの時のコインランドリーに行ってみたい。ずっとそう思っていた。
確か5月とか6月とかそれくらいだった。それで偶然休講があった日だ。
僕は無理やり昔の携帯を引っ張り出してきたりして、あれが何月何日だったか必死で思い出した。
そして今日、あのコインランドリーに向かったのだ。



あぁ、ここだ。やっぱりそうだ。
携帯を眺めている若い頃の僕がいる。本当にいた。
話しかけてもいいのだろうか。あの時僕は、僕になんて言われたんだっけ。

「隣、座ってもいいかな?」
いきなり不躾な気もしたが、声のかけ方がわからなかった。
いきなり”こんにちは、僕は10年後の君です"なんてことだけは絶対言ってはいけない気がする。そんなことを言われた記憶もない。
ベンチに座る大学生の僕は怪訝そうな顔で僕を見ている。
そりゃそうだ。いや、そうだった。
興奮しながらも悟られまいと、無理やりあてもなく言葉を続けた。
「いやーこの道、一回しか来たことなかったから全然思い出せなくて。」
本当に、僕がいる。あの仮説は本当だった。
目の前で起こっている信じられないことに、動悸が早くなる。

「あの、なんなんですか?」
あまりにも凝視していたせいで、10年前の僕が不機嫌そうに言った。
「いや、ごめん。そうだよな。そうだった。はははすごいな。」
もう感動して、勝手な感想しか出てこない。
気持ち悪がって帰ろうとする姿に、かすかに記憶にある言葉が口をついて出た。

「いや、勝手に盛り上がって申し訳ない。どうぞゆっくり座ってくれ。すぐいなくなるから。実はちょっとここに思い出があって。もしかしたらと思って来てみたんだ。」
「はぁ。」
「大学生?だよね?」
「まぁ、はい。」
「僕もね、ここの近くの大学に通ってたんだ。その時にここにも来たことがあって。5年前くらいにそれを思い出して、それで今日来てみたんだよ。」


そうか。
ということは...。
僕はまた、どきどきし始めた。
本当にこれが起こっているということは、この法則でいくと僕は今日、40才の僕とも会えるということだろうか。
でも一体どこで?あの時ここには2人しかいなかったはずだ。
この後ここに、40才の僕も現れるんだろうか。

「誰か、待ってるんですか?」
「うーん、いや。」考えながら答える。
「まぁ、多分これから人と会うんだろうけど、そのためにまずここに来る必要があったって感じかな。」
「はぁ。茶髪の女の人ならちょっと前に出ていきましたけど。」
「いや、これから会うのは女じゃない、男だ。40才のね。...いや待てよ、女の格好ってこともありえるのか...?そんなまさか。」
いやいや、さすがにそんなわけはないだろう。10年後、僕は女に?
これから先の10年でそんなことが起こるのか?いやでもだったとしたら40才の女性の姿になった僕は、来る時間、間違ってるんじゃないか?
まさか、ここで20才の僕と30才の僕が会うのを知っていて、先にこっそり見に来たんだろうか。
わからない。僕は頭が混乱してきた。

「あの、急いでいるので失礼します。」
そんなことをぐるぐる考えていると、20才の僕が席を立つ。
「あぁごめん、ありがとう。会えてよかった。元気で、頑張って。」
なんだか親戚のおじさんみたいなことを言ってしまった。
馴れ馴れしいあやしさ満点の僕に会釈をして、20才の僕は帰っていった。
なかなか礼儀正しいじゃないか。
いや、そうだったそうだった。


興奮冷めやらぬまま、一人コインランドリーに残る僕。
ゴウンゴウンと鳴る、洗濯物が回る音。
あの日飲んでいたコーヒーを、懐かしんで買って飲んでみる。
いまだに実感が沸かない。
でも確かに繋がっていた記憶が、本当に繋がっていた。


さて、僕はこれからどうすればいいんだろうか。
どこにいれば10年後の僕と会える?
そもそも10年後の僕は、10年前の自分に会いに来るんだろうか。
わからない。
でも待てよ。10年後の僕は、今から僕がどこへ行くかも知っているわけだからここで待つ必要はないんじゃないだろうか。
会いたければ僕のように、会いに来るはずだ。
そう考えた僕は、何もないコインランドリーにいても仕方がないと思い、駅前の通りに戻ることにした。
来ない可能性もあるのなら、一人で居酒屋にでもいるほうがマシだ。
コーヒーを飲み終え、僕はそわそわしながらコインランドリーを後にした。



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