「風呂酒日和」第五話 お酒編:ちょんまげ #創作大賞漫画原作部門
四季の湯を出て歩き出す。
あの気になったお店に行ってみよう。
なかなかのローカル感。でも、絶対いい気配がする。
引き戸を開けるとカウンターもテーブルもほぼ満席だ。わ、入れないかも。
ちょっとたじろいでいると、奥さんのいらっしゃいませ〜!という明るい声が聞こえた。
「ねぇここいーい?はいちょっと寄せまーす!」
奥さんが手前の荷物を寄せてくれる。
「お邪魔します」
そう言いながら入場すると、常連さんたちが口々に言う。
「どうぞー」「こんばんわ〜」「あら女の子が来たよ〜」
ここ私の地元?というくらいの歓迎である。ありがたい。
厨房のお品書きとホワイトボードを見てひとまず瓶ビールを注文。
「は〜い瓶ビール、最初だけ入れさせてくださいね〜」
そう言って奥さんがビールを注いでくれた。なんだか"帰ってきた"ようなホッとする気持ちになる。
さて、何を頼もう。
メヒカリの唐揚げ、酢だこ、鯨ベーコンにホタテの塩辛、カキフライにラムの生姜焼きなんてものもある。
迷っているとお通しが到着。
大きな鯖の味噌煮に、ちくわの煮物とじゃがいも。すごい、お通しでこの量...!これだけでもう瓶ビール一本飲めそう。さっそく鯖の味噌煮を一口。
うーん、おいしい。優しくて懐かしい味。
おそらく私以外は皆常連さんなのだろう。
仲良くワイワイと話し、どっと笑った瞬間奥のテーブル席にいた女の人が言った。
「あんま笑わせないでよ〜私骨折れてんだから!」
えっ!どういうこと?
その人は肋骨に2本ヒビが入ってしまって今通院中とのこと。それでも毎日自転車で仕事に行っているという。パワフル。
「そうよね〜ほら、じゃあお見舞いしないと!」
奥さんがうまく会話を運びカウンターのおじさんから、と生ビールが運ばれてきた。
「あら〜すいませんいつも〜」
なるほどなるほど。
ここではいつもこんな素敵なやりとりが行われているようだ。
ビールを飲み進めながら改めて壁のメニューを眺める。あ、酢だこ食べたいかも。大将がこちらに来たのを見計らって酢だこを頼む。
「はい、ありがとうございます」
穏やかに答える大将。明るく元気な奥さんと、とってもいいコンビだ。
「ほい。俺もう帰るから、ごちそうできないけどこれ」
そう言って、後ろで飲んでいたおじさんがみかんを2つくれた。
「わっありがとうございます。いただきます」
「ゆっくり飲んでって。おやすみ」
親戚のおじさんのように優しそうに笑って帰っていく。
やっぱり私、ここんちの子かもしれん。
みんなでおやすみなさ〜いなんて言いながらおじさんを見送る。
酢だこが到着した。
薄切りの綺麗なグラデーションになったタコ。さっそく一口。
顔がきゅっとすぼまる酸っぱさ。これぞ酢だこだ。いいおつまみ。
もぎゅもぎゅと噛み締めていると、一番奥に座っているおじさんが奥さんに言う。
「じゃあ俺から新入りの女の子に一杯やってよ」
「ありがとうございます〜!」
私が驚いていると奥さんがそう言いながら駆け寄ってきた。
「あちらの方からね、一杯いただいたので好きなの言って下さい?なんでもいいですよ!」
えぇぇ!そんな!
「いやいや、悪いです!」と言ったものの、隣のおじさんに「いいからいいから、あの人ごちそうしたいんだよ」と言われ、先程ごちそうになっていた女の人からも「ここは優しいおじさまがいっぱいいるから女の人が来ると得よぉ」という声が飛ぶ。
な、なるほど。どうしよう...自分の頼んだ瓶ビールもまだ飲み終わってないけど...。悩んだ結果、生ビールをいただくことに。
さっそく奥の席に行きおじさんと乾杯。
「なんだか私まですいません、ありがとうございます。いただきます」
「はいはいようこそ〜」
こんなにアウェイなところに来て、数十分でホーム状態。すごい。ついでに横に並んでいたおじさんたちや先ほどの女の人とも乾杯する。
「よし、昭和のスナックの遊び教えてやる」
そう言って1人のおじさんが空のボトルを持った。
「はいよろしく」
隣のおじさんにボトルを託しながら言う。
「俺タバコ吸わないから。いっつもこの人に頼むの」
ボトルを渡されたおじさんは、その中に煙草の煙を溜め始めた。
しばらくすると白い煙でいっぱいになったボトルの口を押さえ、それを受け取った奥さんがぐるぐると瓶を回す。
「これはこのボトルじゃないとできないんですよ〜。あら、いつもより残すのちょっと少ないんじゃない?飲みすぎよ〜うまくいくかな〜」
そう言いながら、おいでおいでと私を呼んでくれた。
「ね!動画撮ったら?綺麗だから」
訳もわからず促されるままに携帯を構える。
おじさんがマッチに火を付け、ボトルの口にポトンと落とした。
その瞬間、ぷわわっと炎が回って真っ白だったボトルの中が赤っぽく幻想的に光る。お〜!という歓声とパチパチと起こる拍手。
「はい、これが昭和の遊び」
ちょっと不思議なショータイムが終わり、自分の席へ戻る。ここの人たちは私が生まれる前からこんな風にお酒の場を楽しんでいたのかな、なんて思いながら生ビールと瓶ビールを交互にごくごく。
「じゃ今度は俺から一杯」
しばらくすると、先ほど昭和の遊びを見せてくれたおじさんから声がかかった。なんてこった。
やはりここは親戚の集いで、私は末っ子の孫娘か何かなのだろうか。
「せっかくボトル新しく開けたし。お酒好きでしょ?どうせ」
どうせ…?まぁ、大正解なんですけど…。
おじさんはそう言って新しく入れたウイスキーでハイボールをごちそうしてくれた。お通しいっぱい、飲み物もいっぱい。なんだこのとんでもなく贅沢なテーブルは。
やっと飲み物を制覇する頃にはなかなか皆さん仕上がっており、私も酔いが回ってきた。
「また飲もうね」「みんなで温泉行こう」「今度息子紹介するよ」
色んな暖かい声をかけてもらいながらお会計。
いやぁ今までで一番、知らない人とわいわいお話したかもしれない。あれ、私人見知りのはずだったのに。おかしいなぁ。
でもすごく楽しかった。明るくてさっぱりしていて、優しい。
ここの人たちと温泉に行って、お風呂上がりにみんなでまた乾杯をするのを想像しながら私はお店をあとにした。
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