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花柄エプロンをまとったマッチョで優しい隣人


昔一人暮らしをしていた賃貸物件は、ちょっと不思議な作りの家だった。
不動産会社によると、1階部分に大家さんが住んでいるその物件は、元々は大きな2階建ての一軒家だったのだが、旦那さんが亡くなり、子どもたちも独立したため、使わなくなった2階部分をだいぶ前に改装して3室設け、外階段を付けて賃貸部分として貸しているという。


内装は昔ながらの和室だったものの、日当たりもよくエアコン、トイレなどの設備は割と新しい。
部屋が和室という点と、階下に大家さんが住んでいるという点が賃貸としてあまり好まれないためか、広さや立地の良さに比べてなかなか割安な値段で募集がされていた。
私はその日当たりとアクセスの良さに、これはコスパがいいのではと思い、その部屋を借りることにした。

しかし私は一点、ある問題を見逃していた。
それは玄関扉だった。

内見時、私は部屋の広さや間取り、キッチンなどの設備は見ていたものの、玄関に関しては仲介業者が「どうぞ〜」とドアの前に立ちすぐに中を案内してくれていたこともあって、あまり目を停めていなかったのだ。
今思うとあれは、戦略だったのかもしれない。

契約を終えいざ引っ越し当日、手伝ってくれるという友人と共に私は新居に向かった。
「これの上だよ」と一軒家を指差す。
「おー大きいじゃん!」と言いながらテンションの上がった友人は、先に階段を登っていった。
そして、2階に上がったところで、爆笑し出したのである。


「え、玄関のドアこれ?プレハブやん。」


人の新居をプレハブ呼ばわりするとは何事だろうか。
確かに古いが、なかなか広い穴場的ないい家を見つけたつもりだった私。
「いやいや...」と言いながら友人がウケ狙いで言っていると思って、後に続いて階段を上がる。

「...うん、プレハブやな。プレハブっていうか、勝手口...?」



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アルミサッシ 勝手口ドア


まさしく、こんな感じの玄関扉だった。
というか、これを玄関扉といっていいのだろうか。
かろうじて磨りガラスになっているものの、上半分が結構なオープンマインドである。
サザエさん家の勝手口の方がまだ露出度が低いのではないだろうか。

私は玄関の扉がこんな仕様だったことに、あろうことか内見時に全く気づかなかったのだ。
とはいっても、今更どうすることもできない...。
玄関の扉なんてそう簡単に変えることもできないだろう。
これも安さの理由の1つだったのかもしれないと、私は仲介業者が何も言ってくれなかったのを少しばかり恨みつつも、実際に見て決めているのは私のため、どうすることもできない。


そこで私はこの扉で、快適に安全に暮らすべく、4つの作戦を立てた。


作戦その1. ドアの前にカーテン

取り急ぎ思った懸念点は、外から見て中の明かりが見えてしまうというところだ。
「いる」ことが知られる恐怖ももちろんあるが、「いない」ことを知られる恐怖もある。
私は厚手の布を買ってきて、内側に突っ張り棒を設置し、そこに簡易的なカーテンを取り付けた。

これで照明がついていても光は漏れない。
外から見ても上半分のすりガラスの向こうには布っぽい何かが見えるだけ。
正直とても入りづらく、大きい荷物を持って帰宅した時など、ドアを開けてからカーテンをずらすのはかなり面倒だし、急いで家を出ようとしてカーテンの裾がドアに挟まったり、引っぱってしまい突っ張り棒ごとカーテンが降ってきたりすると死ぬほどイライラするのだが、防犯のためには仕方がない。

作戦その2. ヤバそうなステッカーを貼る

私は隣人や配達員にどう思われるかにはもう目をつむり、ネットで購入したメタルバンドのステッカーやちょっと怖いデザインのポスターなどを、擦りガラスになっている部分に貼った。
揺れる布とちょっと激しめの装飾を見て「あ、ここなんかヤバそうな人が住んでる...」と思ってもらい退散してもらうという作戦だ。
これは、私の考案した「変な人から逃れるためには自分がそれを上回る変な人になる」という対策の応用編とも言えるだろうか。


作戦その3. 帰宅する時は泥棒のように

これは友人が実行していると言っていた作戦で、私も真似していたのだが、友人はかなり用心深く、家に入る際家の周りを歩いている人は老若男女全員変態だと思って行動するそうだ。
その発想もなかなか変態である。

彼女は自分の家に入る時、人の往来があるとそのまま家を一度通り過ぎ、誰もいなくなったのを見計らって、家に入るのだという。
つまり、家に入る瞬間を周りに見られないように徹底するのだそうだ。
まるでパパラッチを警戒する芸能人のようである。

なんともめんどくさいし、なんならこちらが泥棒か不法侵入者のように見える帰宅スタイルだ。しかし、確かにそれは安心できるかもしれないと、彼女ほど完璧にはできなかったが私もなるべく人がいないタイミングを見計らって家の階段を登るようにした。

作戦その4. 扉を開けたらそこにはマッチョ

これは私が引っ越し後、この家に住んでから発明した、この家だからこそできた秘策である。
引っ越しの後、1階の大家さんにはもちろん挨拶をしに行ったが、隣が2室しかないこともあり、一応ご挨拶をした方が良いかと思って、私は2軒の家にそれっぽいお菓子を持って挨拶に行った。

2つ先の部屋は30〜40代と見られる女性が住んでいた。
洗濯物から察するにおそらく保育園や幼稚園の先生だと思われた。
うさぎさんやくまさんがついた被りのエプロンが干してあったからだ。
穏やかで優しそうなお姉さんで私は安心した。

そして、隣だ。
チャイムを鳴らすと、出てきたのは漫画に出てくるような筋肉隆々の坊主の中年男性だった。
のだが、彼は、おそらく「彼女」だと思われた。
というのも、玄関先に現れた彼は花柄のエプロンをまとっていたのである。フランフランで売ってそうなベージュ地に薄紫と薄ピンクの花が散りばめられたエプロン。
そして玄関からはバラのようなフレグランスのいい匂い。

なぜ坊主かは不明だが、物腰の柔らかそうな花柄エプロンのマッチョさんに、ちょっと情報量が多すぎてたじろぎつつも、お菓子を渡し挨拶をする。


「あら〜わざわざすいませ〜ん。女の子の一人暮らし、心配でしょ〜?
何かあったらいつでも呼んでくださいね〜こんなだけど重いもの持つとか虫が出たとか、全然いけるから〜!」


...いい人だ。めちゃくちゃいい人である。
キャッチーすぎる隣人に度肝を抜かれながらも、確実に悪い人ではなさそうなことがわかり安心する。

そして、申し訳ないことに私はこの彼(彼女?)をもう一つの防犯対策にしていた。
というのは、私はいつもお忍び芸能人の要領で周りに警戒しながら2階へ上がり、さらにその彼の家の前で一度立ち止まり、カバンから鍵を取り出したりひと通りの準備をして、再度周りを見渡してから瞬殺で自分の家に駆け込むようにしていたのだ。
ドアの前で鍵を探していたら、誰しもそのドアの部屋に入ると思うだろう。
これで、万が一私が見えていないところで泥棒さんや変態さんが「ほう、あいつの家はあそこか。」と思って侵入しても、待っているのはムキムキの坊主お姉さんという作戦である。

少し申し訳ないと思いつつも、彼、いや彼女のあの筋肉であれば、大体の奇襲には負けないだろうと思って、私は勝手に最後の防波堤として使わせていただいていた。


この作戦が功を奏していたかどうかはわからないが、体当たりしたらいくらでも壊して入れそうなプレハブのドアの家でも、一度も問題が起こらずに私は快適に生活することができた。

私の家の守り神だったあの人はまだあの家に住んでいるだろうか。
お姉さん、あの時はお世話になりました。
そして密かに悪い人を家に誘導するような帰り方をしていてごめんなさい。


この家に住んだことで私は、次から物件を見る時は玄関扉の仕様を必ずチェックするようになったのは言うまでもない。
みなさんも賃貸物件を探す際は、玄関がプレハブ仕様になっていないか注意して内見をすることをおすすめする。



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