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【後編】ある日いきなりサンリオのダンサーになろうとした私


自分の悪ノリにも匹敵する浅はかな考えのせいで、ダンスのダの字も知らないくせになぜかサンリオピューロランドのキャラクター出演者オーディションに乗り込んでしまった私。


本来のテーマパーク感のある入口とは別の、事前に案内されていた関係者入口のような所から入っていく。
そこは、舞台裏のような(ようなも何も、まさしく舞台裏である)学園祭を準備している学校のような、コンサートホールの裏側のような、"バックヤード"の空気が漂う、メルヘンとはかけ離れた雰囲気の場所だった。
「おぉ、これがピューロランドの裏側か...」なんて表側すらまともに見たこともないくせに、なんだか早くも関係者のような気分になる私。


受付で諸々の確認を済ませ、服につけるための受験番号の書かれた紙?布?を渡される。記憶は曖昧だ。
そして、案内された部屋に入った私は、その瞬間、改めて自分がここに来るべき存在ではないということを目の当たりにする。


すでに部屋にいた人のほとんどが、もう見るからにダンサーなのである。
バレエのレオタードのような服や、私の知識ではなんと呼べばいいかわからない、とにかくダンスをするためのそれらしい恰好をした人たちが、各々ストレッチをしたり何かの振り付けの練習などを行っている。
私はドアの前で立ち止まり、そしてそのままこの場を去りたい気持ちでいっぱいになった。
当然ながら、スウェットを着ている人なんでどこにもいない。
完全に私だけ、紛れ込んでしまった「違う人」である。
恥ずかしいような、いたたまれないような、どうしようもない気持ちになりながらも「やっぱり帰ります。」なんて言える勇気もなく、とりあえず持ってきた私の精一杯の"動きやすい恰好"に着替え、見よう見マネで周りに一生懸命溶け込もうと、それっぽくふんふんと前屈などをしてみる。

なんだこいつ...?ほんとに書類審査受かったの?」という視線が痛い。
当たり前である。
ダンサーの道は狭き門。
色々なカンパニーやテーマパークのパフォーマーなどを併願して受験している人も今思うと中にはいっぱいいただろう。
キャラクター出演者を経て、キャラクターの衣を脱ぎ、顔が見える1人のエンターテイナーとして、パレードやショーに出ることを夢見ている人だっていたはずだ。
一生キャラクター出演者として、ぐでたまさんやポムポムプリンさんの中でダンサー人生を全うしたいなんて人は珍しいだろう。
そもそもここにいる人達が全員キャラクター出演者への志願者なのかすらわからない。
私は「自分、小さいからキャラの中入れるんじゃない?」くらいの愚かな考えを猛省した。
ここには、真剣にパフォーマーになりたい人が集まっているのだ。
恥ずかしい。帰りたい。しかし恥ずかし過ぎて帰るという異質な動きをすることすらできない。


30分程待ち時間があっただろうか。
変に生真面目に余裕を持って会場入りしてしまった自分が憎い。
これ以上無い居心地の悪さを感じながらも待機していると、

「それでは始めます」

と凛とした声とともに、試験官のような講師のような、すらっとした女性が部屋に入ってきた。

「今から簡単な振り付けをレクチャーしますので、それを覚えていただき、後ほど何人かずつグループになって、順番に見せていただきます。では、適度に間隔を空けて、各自位置を決めて下さい」

挨拶とともにさらっと言われたその言葉に、1人パニックになる私。
他の受験者はこの流れが当たり前だと言わんばかりに、言われた先から各々講師の動きが見やすい位置につくため、散り散りになっていく。
確かに、ダンス審査といったら、ピューロランドで求められるダンスをどれほどできるかを見るわけだから、そうなることは簡単に想像がつく。

決まった指示も特になく「はい、じゃあなんか踊って下さい」なんて言われても、おそらく何もできなかったであろう私は、課題のダンスがあった方がもちろんよかったのだが、そのあまりにも急な展開と周りの空気に圧倒され、1人ぽかんと状況を飲み込めずにいた。
しかし、口を開いて突っ立っているわけにはいかない。
足並みを乱さぬよう、おろおろとそれなりの場所に移動する。


それでは始めますと言う講師の声と共に、ゴキゲンな音楽が室内に流れ始める。8拍のイントロに英語でカウントを入れ手拍子する講師。
そして「ハイ!」という掛け声とともに彼女は軽やかに踊り始めた。
おそらく初めて見るであろうステップなのにも関わらず、あぁこういう感じねというくらいナチュラルにその動きについていく周りの受験者たち。



いや、ついていけない。

当然ながら全く、ついていけない。
「ここで2ステップです」などの説明や、身振り手振り、目線などのポイントに注釈を入れながらどんどん進んでいく曲。
(多分もっと専門的な指示をしていたと思うのだが、私には理解することができず、思い返して例えに出すにも2ステップという言葉くらいしか知らなかった。全然覚えてないけど、多分なんかもっとすごいのをやってた)

すばやくその動きを自分のものにし、淡々とフリを覚える周りの受験者。
私は完全に、異世界から1人突如そこに放り込まれた宇宙人のような形で、アワアワとするばかり。
それでも棒立ちでいるわけにもいかず、自分でも笑ってしまいそうなくらいドタドタとぎこちない動きで彼らについていく。
いや、ついていけてないのだが、曲中に盛り込まれている大きな移動などでとにかく他の人の邪魔にだけはならないよう、必死で同じ動きを心がける。
もはや私だけコメディ、ギャグの世界観である。

隣にいたお団子頭の見るからにクラシックバレエを幼い頃からやっていましたという恰好の女性は、怪訝そうな顔をし「なぜ、こんな奴がここに...?」というような少しイラついた表情を浮かべていたが、ダンスのレクチャーが進むにつれ、私の謎めいた舞いに怒りを通り越し、もう完全に笑いを堪えていた。

恥辱である。
自分で種を撒き、自ら乗り込んで恥辱を受けに来た私。
あぁ、私は一体ここで何をしているんだろうと白目になりながらも、私は迷走ダンスを踊り続けた。


正直なところ、諸々の精神的ショックにより、これ以降の記憶がほぼない。
おそらくその散々な踊りを周りから嘲笑されながらも、私は終始笑顔で謎の舞いを披露したんだと思う。
エンターテイナーにはきっと笑顔が絶対的に重要であろう。
いくら不機嫌そうなバッドばつ丸さんの中に入る場合でも、演者は笑顔の方がよいに決まっている。
私は精一杯の笑顔をたたえた。
何も武器がない私はもう笑うことしかできない。
人に笑われながらも、満面の笑みで不思議な舞いを踊っているなんて、もうピエロ状態である。

ちなみにピューロランドの"ピューロ"とは、ピュアとピエロをかけた造語で「純粋に人を楽しませることができるパークでありたい」という願いを込めて作られた言葉だそうだ。
ダンサーとしての実技は散々だったものの、概念的な意味では近づけたような気がしなくもない。

なんとかその地獄の時間を終えた私は、とぼとぼとピューロランドを後にした。もうキティさんに合わせる顔もない。マイメロディさんに遭遇したら土下座したいくらいだ。
ここは、私なんかが簡単に足を踏み入れていい場所ではなかったのだ。

言うまでもないが、後に届いた結果の通知はもちろん不合格だった。


これが、私の就職活動(?)の中でもピカイチで血迷った経験である。
よっぽど思い出したくない地獄のような体験だったためか、あの時の記憶はもうほどんどがおぼろげになっているが、なぜだかあのダンス審査の時に何度も聞いたイントロの2小節の楽しげな音楽だけは、私の背筋を凍らせる恐ろしい旋律として、未だに記憶に残っている。


この経験によって、私はやはり何かに挑戦するにはコツコツと日々鍛錬が必要であるということと、今でこそそう思えるが、新しい冒険もまた、新しい世界を垣間見ることのできる貴重な体験になるということを学んだ。

今就職や転職を考え悩んでいる人は、これくらいぶっ飛んでもいいんだと励みにしたり、自分は迷走しているのではと思っていたけど、これよりマシかもと安堵したりしてもらえると、あの頃の私がちょっと報われるかもしれない。

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