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短編

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2021年10月の記事一覧

泣いたって始まらないのに9

泣いたって始まらないのに9

 ふたりは当たり障りのない話しをていたが、大和が三杯目を飲み終えたところで、由美は携帯を手に取り、
「あら、もう11時過ぎてるよ。
帰ろう! 帰ろう!河田君! おトイレ大丈夫?」
言った後由美は思わず口を押さえた。
「あっ! ごめん。ビール飲んでたからつい……」
大和は一瞬首をかしげるが、
「あぁー行ってきまーす」
とゲラゲラ笑いながら出て行った。  
 由美も苦笑しながら会計を済ませに部屋を出た

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泣いたって始まらないのに8

泣いたって始まらないのに8

「ねぇ、ちょっと飲もうかぁ?」
由美は気まずい雰囲気を変えようと少し戯けた調子で誘った。
「いいですねぇ、ちょっとでいいんですか? 笹山さんは?」
大和は、由美がアルコールに強い事を事務所の人間から聞いて知っていたのだ。
由美は一瞬驚いたが、
「私強いんで、ペースについて来られるかな?」
と胸を叩いて見せた。
大和はその仕草が可愛くて、思わず目を細めて笑ってしまった。
 そんな大和の様子には気がつ

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泣いたって始まらないのに6

泣いたって始まらないのに6

 大和は静かな声で話し始めた。
「僕一目惚れなんです。バイト初日にです。短髪、細見、笑顔が可愛い、優しい声。まさかまさかでした。運命だって思いました。大袈裟じゃないんです! いつも笹山さんを見てました。見てるだけで嬉しくなっちゃって。でもある時気づいたんです。この人笑えないんだって。いつも心が泣いてるんだって。そしたら、もうどうしようもなく苦しくなって、僕がなんとしたいって、言う気持ちがデカくなっ

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泣いたって始まらないのに7

泣いたって始まらないのに7

「河田君にとってセックスって何?どんな意味あるの?」
大和は一瞬絶句した。
由美があまりにも平然と言い放つその言葉には、由美の怒り悲しみを感じて、喉が詰まってしまったのだ。
 大和は、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。
「セックスですか……僕も男?いや
男女は関係ないな。命あるものは
それぞれのやり方で、子孫を残す為の行為をします。それが本能です。ただ人間はそれ以外の楽しみ方を覚えてしまい、そ

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泣いたって始まらないのに5

泣いたって始まらないのに5

 張り詰めた空気の中、ほぼ同時に食べ終えたふたり。
「ご馳走さまでした」
と大和が小さく呟き、ふたりの膳を入口近くに置いた。
「あっ 有難う。美味しかった?」
大和は笑顔で、
「とっても美味かったです。美味しいもの食べるって幸せです」
「本当! 幸せ感じるわぁ」
由美も自然に頬が緩んだ。

「お茶飲む?」
「はい、頂きます」
由美はお茶を入れながら、
「河田君……さっきの話ね、気持ちは嬉しいけど、

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泣いたって始まらないのに4

泣いたって始まらないのに4

「はるさん、こんばんは!」
由美はカウンターの中にいる女性に声をかけた。
「いらっしゃい! 由美ちゃん奥にどうぞ。お連れさんは初めてね、はるです」
年の頃は六十才ぐらいだろうか。
笑顔が魅力的な女性だ。
大和はそんなことを思いながら、深々と頭を下げ由美の後について奥の座敷へ上がった。 
 由美はハンガーを大和に渡し、自分もコートをハンガーに掛けると、そそくさと掘りごたつに足を入れた。
 大和も由美

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泣いたって始まらないのに3

泣いたって始まらないのに3

 由美が降りて行くと、大和は手をあげて近づいて来た。

「お疲れ様です。今日は無理言って本当すみません」
と頭を下げた。
「いいから気にしないで。で、何食べる?私お腹すいたわぁ、河田君も空いてるよね」
由美は駅の方を指差しながら歩き出した。
「河田君は好き嫌いない? 和食とか大丈夫?」
「はい! 和食大好きです」
「じゃぁ、ちょっと知ってるお店があるから電話してみるね」
大和は思いっ切り頷いて立ち

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泣いたって始まらないのに2

泣いたって始まらないのに2

 あれから少しして秋之はスペインに転勤となり、ふたりの関係はあの夜でで終わってしまった。
 なにも残らなかった。
何一つ……想い出もないの?
浮かんでくるのはホテルの一室だけ。今はそのホテルの名前を聞くだけで、
嘔吐が出そうになる。
もう終わった事なんだ。
何もかも消えてしまえ……と思う時点で終わってなんかいない。 
心の傷は瘡蓋にもならないのか。
 由美は二年過ぎた今もその傷の為に前へ進むことが

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泣いたって始まらないのに

泣いたって始まらないのに

 二十才年上の彰之との出会いは、
友人と見つけた隠れ家的なカクテルバーだっだ。
何度か一緒になるうちに、彰之から声をかけてきた。
 由美は、彰之の洗練された身のこなしとは反対に、気取らない性格に魅せられ、気が付けば上擦るような恋心を抱いていた。
ふたりの関係が深くなるには、そう時間はかからなかった。


 それから四カ月が過ぎたある夜「俺、今朝会議だからもう出るから。
由美は仕事までまだ時間ある

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