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泣いたって始まらないのに2

 あれから少しして秋之はスペインに転勤となり、ふたりの関係はあの夜でで終わってしまった。
 なにも残らなかった。
何一つ……想い出もないの?
浮かんでくるのはホテルの一室だけ。今はそのホテルの名前を聞くだけで、
嘔吐が出そうになる。
もう終わった事なんだ。
何もかも消えてしまえ……と思う時点で終わってなんかいない。 
心の傷は瘡蓋にもならないのか。
 由美は二年過ぎた今もその傷の為に前へ進むことができないでる。
恐怖心なのは判る。 
恋愛?考えるだけで震えてくる。
またあんな思いしたら、自分は正常ではいられない。
だった恋愛なんてしない。
もはや女としては終わるけれど。
それで良い。
色のない世界でいい。
その分傷つくことはないのだから。
由美はそう思う事で、心のバランスを保とうとしていた。
 面倒臭いことはもう懲り懲りなんだよ! 人を好きになるなんて……時間の無駄、男のために笑顔なんて出来るか…… 全身刺だらけ、触れれば痛い目に遭わせる。
そんな空気をハッキリ出している由美。
 そんな痛々しい由美の姿を、悲しげに見つめる男性がいることを、由美は知る由も無かった。

 そんなある日、残業をしている由美に、ひとりの男性が声をかけてきた。
「あのぉ、笹山さん。今夜少しお時間頂けますか?」
由美が声のする方を振り返ると、三ヶ月前からバイトで来ている、大学生の河田大和の姿がそこにあった。
一瞬ムッとした由美だったが、
そこはバイトの男の子だ。
上手くあしらって帰そう、そんな思いだった。
由美はいかにも優しい先輩を装い
「うん? なに? 河田君だっけ。
まだいたの?早く帰りなさいね。えっと……それでぇ……急ぎの用件?」
由美はカードホルダーに目をやり、もう一度名前を確認した。
「はい! 急ぎなんです!」
大和は前のめりに為りながら、真顔で答えた。
由美は時計を見ながら、 
「そんなに急ぎなら、じゃぁここで話す?」
大和に隣の椅子を勧め、体を椅子の方へ向けた。
大和は戸惑いながら、
「いやぁ事務所ではちょっと……」
何か言い淀んでいる風だ。
「よし、わかった。じゃぁ玄関ホールで待ってて。ここ片付けたら行くから。ご飯でも食べながら聞くね。それでいい?」
それを聞くと大和はペコリとお辞儀し足早に事務所を出て行った。 
由美はその後姿を見ながら首を傾げ、
「何の話しやら〜まぁっいいか。大学生の悩み? を聞くのも先輩の勤めですからね」
と呟きながら片付けを済ませると、事務所を後にした。

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