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「花は咲く」東日本大震災…3.11から10年、想いを込めて。


 私は昔々、偶然にも若くして大きな病を併発し、生死を彷徨う経験をした。そして、過去も将来もすべてを手放した。

 こういった命の経験をした方々と話をすると、大抵みんな共通しているのが、一度きりでは終わらず、二次的、三次的な問題が明るみになり、病や災害や事故がますます大きくなっていくものだ。私もそうだった。

 私も最初の経験から数年間は、正直、生きているかどうかもわからないような日々だった。元々が健康すぎたからこそ尚更だった。幸運にも、沢山の人の手を借りながら支えられながら、辛うじて自ら命を終わらせる選択をせずに何とか解放に向かい、あらゆる力を借りつつも一人の人間らしい生活が送れるようになってきたのは、ちょうど10年が経過したころだった。

 悲壮な10年間を、たった5行で終わらせた自分を自分で笑っている今が愛おしい。

 不思議なことに、本当の苦しみを抱えたときというのは、誰かへ言葉にすることさえできない。みんなの笑い声が遠くに聞こえるが自分の世界には直接は届かない。どの扉を叩いても開かない、暗闇しかないこの世界など誰かにわかってもらえる訳もなく、たまに誰かと会う時には俯いて気づかれないようにするか、もしくはとびっきりの笑顔をつくってまったく問題のない振りをするかだ。そうすることで何とか人間らしくあろうとする(嬉しいことに、今や私の笑顔を褒める方が多くいらっしゃるが、私はこの時期に鏡の前で必死に笑顔の練習をし、誰にも自分の本当の姿を悟られないようにした、私の笑顔はその賜物だ)。しかし、そうすればするほどに孤独が押し寄せる。誰にも伝わらない、わかってもらえない、伝える気力もない。しかし朝がくれば世界は当然何も変わらずに残酷にも美しく太陽が照りつける。渦中は、病に対する恐怖や思うように行かない苛立ちや虚無感だけでなく、どんな気持ちも呑み込み誰にも打ち明けることができない、打ち明けられないことがまた苦しみを助長させる、そんな日々だった。

 私のように、何年もの間、永遠とゴールのないような苦悩を経験をした方は、この世界に沢山いらっしゃることだろう。いや、誰もが、人生のうちでそういう時期が必ず訪れるのであろう。経験が早いか遅いかなだけだ。私はたまたま、とても早かっただけの話。

 「生きる」「死ぬ」を目の当たりにした経験は、自分の人生の価値観を180度変えることもある。誰もが、いつか気づくときが来るだろう。そして、その時に、ようやく、人にとって何が大切かという本質に気づくことができるだろう。

 私は、今となっては、あらゆる出来事すべて、自分の招いたことなのだと気づく(実際にそうだったし大抵はそうなのだ)までに全回復した。たいそう時間はかかったが、ここまで到達できたからこそ、ここでこうして公言できるし、ここ2,3年は、私の経験を大いに活かして誰かの悩みや問題のカウンセリングをし、ストレスもなく生き甲斐を持って仕事にまでしている。私は、過去をこうして発信するにまで戻ってくることができた(私にとっては「戻ってきた」という言葉が一番ふさわしい)。

気づけば、スタート地点から18年が経とうとしている。


人が、自分の「死生観」を形成するような大きな人生経験をするときには、一瞬で自分の人生が隅っこに追いやられ、誰からもどこからも突き放されたような感覚で、どこで息をしたらよいかもわからなくなるような気持ちになる。

そして、そういう立場になった人間が、もう一度立ち上がり元の人生にまで軌道を戻すには、ゴールが見えないほどの長い時間がかかる。いつ終わるかどうかがまったくわからない孤独な道だ。
時に、途中で歩くことをやめる者もいる。


 更には、殊に『天変地異』においては、私のように「自分が招いたこと」とさえ言うことができない。あるとき突然、すべてを嵐のように滅茶苦茶に破壊し、そして悪びれもせず跡形もなく姿を消していく。誰も何もコントロールできないところで、一気にすべてが失われるにもかかわらず、誰も何も悪くない、誰のことも責めることができない。なんと惨いことだろうと思う。

しかし、同時に、こうも言える。

『天変地異』は、近くにいた誰もが目撃している。同じ時間に何かを経験している。多くの人が同じときに同じ思いを持っている。
だから、互いに手を差し伸べ合うことは、今すぐにでもできるのだ。

 当事者の気持ちをすべて共感することはできないかも知れない。しかし、多くの目撃者が、その出来事や当事者の気持ちを知ろうとすること、想像すること、何ができるか考えること、行動にうつすこと、理解しようと歩み寄ること、その背中を抱きしめることは、今すぐにでもできる。そしてそれが、苦しみや孤独を抱えている人間にとって、どれだけ励みになることか。私は、それだけは深く理解できる人間だ。

 だからこそ、自分が、どんな形でも、微力でも、何かのアクションを起こさない、言わない、伝えない、踏み出さない、そんな選択はできない。黙っていることは、その人たちを隅っこに追いやるようなものだ。だからそんな選択はできない。たとえ根拠がなくてもいい、「大丈夫だよ」と手を差し伸べることをしなくてはならないと思っている。

 少なくとも私は、そんな根拠のない「大丈夫だよ」の言葉とたくさんの人たちの手に引かれて、「生きる」ということを選ぶことができた。そして今、誰かに手を差し伸べる側の人間にまで戻ってくることができた。やる意味のないことなど、一つとしてない。





昨年と同じ言葉を。


東日本大震災から、今年で10年を迎えます。

震災により犠牲になられたすべての方々へ、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

被災された地域への復興と皆みなさまの心の平安を祈願し、昨年、大切に演奏させていただいた楽曲です。


生きること
生き続けること
決して、生き続けることを諦めないこと
思い出すこと
泣くこと笑うこと助け合うこと
信じること
どんなときも誰かに守られていると知ること
人と人とが繋がれていると知ること
自分の命が、隣人の命が、かけがえのないものだと知ること
かけがえのないものを大切にすること
守ること
そして、それを伝え繋げ続けること

改めて、だいじに
考え育てていく気持ちを思い出すことを
もう一度考え直したい。


歌 日向早百合
ギター ヒラオタケシ

<Special Thanks>
kuronekofilm-yuka
THE GUINGUETTE by MOJA




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