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電脳虚構#19|マッチング・アベニュー


ダイニングテーブルを分つ、ふたつのカップ。
口も付けず、その熱と珈琲の香りだけが天井へと逃げていく。

長い沈黙を破ったのは、夫の方だった。

「ごめん・・。」

二人を隔てる乾いた空気。その声はポツンと虚しく響いた。

「あやまらないで。実は私も・・」


”どっちが先”という話ではない。
互いが互いを裏切り、別の人を愛した。

ただそれだけだった。


Chapter.1 アベニュー


「アベニュー」というマッチングアプリがある。
自分のアバターを作って仮想世界で異性と交流する。

VR機器でそこに飛び込み、現実さながらに恋愛を体験できる最新のアプリだ。”異性”と言っても性別は自由だ。容姿も年齢も設定は全て自由。


夫と結婚をしたのは、3年前。
あることを隠して・・。

私は同性愛者だ。
結婚前、想いをよせる女性がいた。しかしその子はノーマルだった。

”叶わぬ恋”なんてもう慣れっこだったが、私にとって彼女に対する想いはホンモノだったらしい。
打ちひしがれ、のたうちまわり、混沌の海を彷徨っていた私を救ってくれたのは夫だった。

「この人なら、男性でも愛せるかもしれない・・」

・・と、普通の人、普通の女性としての平凡な幸せを選んだ。
いや、きっと楽な方へ、”健全”な方へ逃げ込んだのだろう。


結婚生活はうまくいってた・・はずだった。
でも夫の様子が変わったのは、一年前だった。

いや、夫の目にも私の様子が、どこかおかしく見えていたのかもしれない。

「性」というのは言わば”心の鎖”だ。
そのアイデンティティーからは逃れることはできない。

本当の自分には嘘はつけなかった。
きっと”異性”を愛するのにはもう限界だったのだろう。

そのとき知ったのがこの「アベニュー」だった。

私は迷わず、男性のアバターを作った。
女性同士でマッチングしても、同性愛者がヒットする可能性は極めて少ないとわかっていた。

それは現実でも、仮想世界でも同じだ。

現実の自分をリビングに置き去りにしたまま、本能のままに何人かの女性と付き合った。

あるとき、知りあった子に一目ぼれをしてしまった。
結婚前に好きだった、あの子の面影を感じてしまった。

いや、それ以上に何か共鳴するもの、運命の矢に胸を刺されたような出会いだった。

私はその場で「お付き合いしてください!」と申し込んだ。

向こうも驚いただろう、会ってすぐ告白されたのだから。

でも返事はOKだった。
あとで聞いた話ではお互い「ビビっと」電気が走るような一目ぼれだったらしい。きっとそれは二人を結ぶ運命の合図だったのだと、そう感じた。

アプリに課金をし、仮想世界にふたりで小さな部屋を借りた。
そして交際から一か月ほどで同棲をはじめた。

現実と仮想での二重生活。
夫婦の溝が、深くなるのは当然だった。

夫も浮気をしていたことは知っていた。
だから「互いに好きなようにすればいい」と、きっと互いを諦めていたのだろう。


Chapter.2 現実の夫、仮想の彼女


登録者人数が爆発的に増えていく「アベニュー」。
世界的な人気となったアプリが、すごいサービスを打ち出す。

”婚カツ”の機能だ。

仮想世界でも”本当”の婚姻関係が結べるというものだった。その業界を震撼させた新機能に、歓喜するもの動揺するもの、物議を醸した。

それもそのはず「婚姻の条件」。
婚姻届を出すのはあくまでも現実世界でだということ。

「アベニュー」はアバターの設定は自由。
相手がどこの誰か、年齢・性別、容姿・国籍の全ては非公開。名前だって本名の登録者など滅多にいない。私だってそうだ。

「相手の本当の姿をきちんと、理解した上でなければならない」

そんな倫理感として、ごく当たり前の条件だった。

しかしもともとはいわゆる婚カツ目的より
「自由な姿で自由に交際をしましょう」というのがこのアプリが人気となったその要因だ。

互いの本当の姿なんて基本的に知りたくもないし、知られたくもないという人がほとんどだった。

少数の「婚姻希望」をしたカップルが現実の世界で会い、破たんしたという話も後を絶たなかった。

・・でも私は彼女とは本気だった。

容姿ではなく、もやは性別でもなく心でつながり、人間の深いところで愛しあっていた。
彼女の本当の姿がどんなであろうと受け入れられる、そう強く思っていた。

彼女の方も同じ気持ちで「わたしたちならきっと大丈夫」と言ってくれた。


・・そして、いま目の前に”現実の夫”がいる。

最初は私から離婚を申し出るつもりで、今日の話し合いの時間をとった。

夫は浮気を言及されるものだと勘違いしたのだろう、向こうから浮気の告白を始めた。
そして「好きな人ができたから、僕と別れてくれ」と、ただただ謝った。

ふたりは全く同じ気持ちだった。

こうしてふたりでテーブルをはさんで向き合うのですら、いつ以来だろう。
もうきっと修復は不可能だったのだ。

「ほんとうはね・・私も離婚を伝えようおもっていたの。
一緒になりたい人がいるの」

夫はそれほど驚いた様子ではなかった。

「そう・・相手の方、どんな人なの?」

夫が切り出したが、まさか相手が”女性”だとは言えない。

「とても素敵な人よ」

そう濁した。
でも離婚する前に本当のことは話さなきゃいけないと、何故かそういう心境になっていた。

「・・それじゃあ、お互いのパートナー。・・4人で食事するってのはどう?」

半分の冗談と、でも心の内は罪悪感と好奇心との間から出た言葉だった。
夫は困惑した表情で考え込み頭を抱えた。

「いや冗談よ、気にしないで・・」

そう言った私を遮るように

「うん、そうしよう。相手にも聞いてみるよ。
別れる前に、僕も君に本当のこと話しておきたいんだ」


Chapter.3 最後のデート


そして、当日。金曜の夜。
夫の仕事終りに合わせて、駅前の噴水の前で4人で待ち合わせた。

12月のはじまり、キラキラとせっかちなイルミネーションが輝く街は人々の足取りを軽くした。
冬の凛とした香りが漂いはじめた街の雑踏が、私の気持ちを高ぶらせていた。

私は今日、初めて「本当の彼女に会う」そして、夫の新しいパートナーと4人で会う。
こんな大それたイベントをよく決心したものだと、自分が少しおかしかった。


噴水広場の時計の長針が一番上を指し、待ち合わせの時間になった。

夫が珈琲を手に持って、人ごみをかきわけこっちに向かってきた。

「おつかれさま、なんか緊張するね。
キミの相手の方もまだみたいだね、こっちもどうやら遅れてるらしい。」

こんなキラキラした浮かれた街の中、二人。
まるで付き合い初めのころのようだった。

そしてそれがこれから別々の人生を歩む、二人の最後の時間のようにも思えた。

「こっちも遅れているみたいね、少し座りましょ」

街の様相も後押しして、ひとときのデートのようだった。
きっと周りからみたら、待ち合わせのカップルに見えるのだろう。

出会ったころの話、結婚してからのこと。思いで話をたくさんした。

別れる前にこういう時間が持てたこと。
二人はうまくいかなったけど、ちゃんと惹かれあって一緒になったのだと実感できた。

そんな穏やかな時間も、気づいたら30分が経っていた。

「それにしても遅いね、キミの相手も僕の相手も・・・」

私は嫌な予感がしていた。

彼女が直前で、現実の私に会うのが怖くなったのだと。
もしくは、遠くからみて私が女だと知って逃げ出した?

きっと、彼女はもう来ない・・そう思い始めていた。
いずれにせよ、もう彼女との関係は今日のこの瞬間に終わったのだ。

偽りの仮想空間で、偽りの姿のまま、永遠に二人で愛を育んでいればよかったんだ。
そんな後悔に押しつぶされそうだった。

私は涙をこらえることができず、声を出して泣いた。

肩がぐっと引き寄せられる。・・夫の右の腕だった。

「泣かないで。こっちもどうやらフラれてしまったらしい。
情けないなぁ、僕も。

すごい決心で今日を迎えたのに。」

夫の声は優しかった。
そのまま、胸に顔をうずめて泣いた。

「せっかくだ。フラれたもんどうし、デートしようか?

4人で予約していたが、あのレストラン人気なんだ。
キャンセルするのももったいないだろう?」

「そうね、泣いたらなんかお腹もペコペコだわ。
今日はヤケ食いしてやるわ。」

「ヤケ食いは勘弁してくれよ、あのレストラン安くはないんだぞ?」

「あら?どうせ家計は私じゃないの、一応まだ夫婦なんだから」


そしてどちらからでもなく手をつなぎ、最後のデートを楽しんだ。



Chapter.4 いちょう並木のふたり


家路の途中。いちょう並木の中に小さな公園がある。

移り気な季節の足取りは早い。
ポートレートのような黄金の景色も、落ち葉とともに一瞬で冬の表情へと姿を変えていた。

そして、過ぎていった日々を踏みしめるようにゆっくり歩いた。
街灯に照らされ、小雪がちらちらと微かにみえる。

「もう雪だなんて、今年の雪はずいぶんとせっかちなものね」

「少し公園よろっか。
この素敵なデートが終わる前にキミにちゃんと話しておきたいんだ」

私も同じ気持ちだった。

彼女と破たんしたからといって、そんな都合よく離婚を撤回するわけにいかない。
きっとそれはお互いそう思っていただろう。

私が同性愛者であること、「アベニュー」のこと、そして彼女のこと。
全部、夫に話してから別れるべきなんだ。

もともと、そう決心して今日を迎えんだじゃないか。

公園のベンチ。夫が自販機で温かいコーヒーを買ってきてくれた。

「あのね、私、本当は・・・」

そう言いかけたとき

「いや、僕の方から話させて。
こういうときだけはレディファーストでもないだろう?」

夫は深く呼吸をして、想いを決めたようだった。

直前で聞きたくないと・・そう思った。
知ったところで、知られたところで二人の未来なんてもう変わらない。

このまま知らずに、永遠に秘密を抱えたままでも・・。
その方がお互い傷つかずに別れられるんじゃないか。

私はその場から逃げだしたい気持ちでいっぱいだった。

そんな私を察して、夫は私の肩を掴んで「こっちを見て」と、身体を引き寄せた。

「実は・・実はね・・・僕。

本当は同性愛者なんだ。

そして相手とは「アベニュー」で知り合った。
そこで出会った”彼”と・・。


彼の名前はね・・・」


その”彼”の名前は、とてもとてもよく知ってる名前だった。

街灯に照らされた小雪が風に巻き上げられ、蝶のようにひらひらと舞うように見えた。
そんな美しい冬の夜空だった。


私は夫の・・・いや”彼女”の肩を抱きよせた。


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