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#エモいってなんですか?〜心揺さぶられるnoteマガジン〜

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理屈ではなく何か感情がゆさぶられるそんなnoteたちを集めています。なんとなく涙を流したい夜、甘い時間を過ごしたい時そんなときに読んでいただきたいマガジンです。
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#短編小説

つかまらないタクシー、六本木。13Fからの安っぽい夜景の秋

気づくと君が座ってたソファのはじっこを見てしまう、少し肌寒くなってきた朝。ベッドでふわふわの白い毛布にくるまったままの私は密やかにミントの息をしている。息していいの?頭の中の自分にときどきそんなことを聞いてみたりする。 返事こないって分かってるのにまたLINEしてしまった。誰にも読まれないメッセージが宙に消えていく。赤や黄色になった葉が地面の方へふわりふわりと舞うように、一個ずつバラバラに空中分解していく文字。 毎年秋はこうやって始まる。 スタバのチョコレートマロンフラペチ

【小説】桜木町で、君の姿を

私の名前は「あみん」 変わってる名前だ。 親が昔はやった歌手から名づけたのだ。 一番ヒットしたのは『待つわ』という曲。 サビの歌詞はこう。 両親的には 忍耐力のある子に育つようにとの思いをこめたらしい。 そのせいもあってか 私は待つのが得意だ。 今日も私は待っている。 何を? 私の“運命”の人を。 私の運命の人は この桜木町のどこかにいるかもしれないのだ。 範囲広すぎ? そうかもしれない。 それでも私は待ち続ける。 奇跡が起こるのを。 * あれは今から三年前

感情のワンメーター

「割増」の灯るタクシーを停める。 タクシーに乗り込み、ふと考える。 運転手の隣に表示される料金メーターが、感情の解像度だとしたら。 メーターが上がるごとに、解像度が上がる。 解像度の数字が上がるというのは、ぼんやりとしていたものがはっきり見えるようになる、といったところだろうか。 粗かった画質が、どんどんと鮮明になるように。 抽象的だったものが、だんだんと具体的になるように。 詳しくはわからないが、そう定義する。 初乗りの420円から、感情は始まる。 腕時計を見る。 深

誰々みたいに書きたい

 僕は太宰になりたい。私は谷崎みたいになりたい。自分は。あたしは。  そうやって、誰かになりたい、誰々みたいに書きたいと言ってものを綴る人の態度が、私は嫌いでした。  その誰かはもう存在するのに、そんな誰々になって、いったいどうするんでしょうか。それにそもそも、その誰々と同じように書くなんてことが、本当にできるでしょうか。自分はその誰かではありません。同じように綴ろうとしたって、それがなんでしょう。誰も太宰にはなれません。谷崎のようになんて、紡げるはずがありません。三島な

タバコと万華鏡

我々は、心の通った人たちの落とした欠片を拾い集めた集合体に過ぎない。 元恋人が貸したまま譲ってくれた部屋着のパーカーを今も着ている。 ウォークマンに入れられた、自分では聞かないようなロックを今も口ずさんでいる。 使っていたいい匂いのする柔軟剤。ピアス。電話ぐせ。思いの伝え方。 上手な別れ方。 人は裏切るということ。 小さなころは世の中の嫌なことに逐一傷ついていた。 人は生まれながらにして、誰かに教わるでもなく裏切り方を知っているが、裏切られることに対して我々はあまりに

2011年3月24日に死んだ男の話

その人は 静かで穏やかな人だった その人は 黒縁の眼鏡をかけていた その人は まあそこそこ整った顔をしていた その人は 聡明で物知りだった その人は 日本や海外の文庫本を沢山持っていた その人は いろんなジャンルのレコードやCDも沢山持っていた その人は 一本のアコスティックギターを持っていた でも弾けなかったらしい その人は 自分の姉の娘を可愛がりいつも優しかった その人は 車を走らせ一度だけその娘を海まで連れて行ってくれた その人は 当時小学生だった娘のどうでもいい話をニ

夢の抜け殻 僕の泣き殻

 透明な壁の向こうに、君の暖かさを感じる。きっと君も、僕と同じように壁に手を添えているのが、壁からジワリと伝わる暖かさからわかる。  僕たちは言葉を交わす。こうやって手をかざし合った時だけ話すことのできる、不思議な対話方法。 【私達、結局会えないままだったね】 【うん、そうだね】 【私達、いつか会えるはずだったのかな】 【うん、どうだろうね】  僕らの世界は狭かった。君と僕は、世界でたった一人の住人。けれど、今日、君は消える。  それは大昔から決まっていたことで

いきる

手入れが行き届きすぎて寂しい。 僕の部屋に足を踏み入れるなり、彼女はそう言った。 手入れなんかしていなかった。僕が僕の部屋に馴染んでいないだけで。「手入れ」と言えば、週に一度、簡単な掃除をするだけのものだ。 寝るだけのためにある僕の部屋。台所も使わない。バスタブに湯もはらない。必要以上に服は持たないし、冷蔵庫にはミネラルウォーターと少量のアルコール、それ以外はない。米すらない。何もかもピカピカだった。 彼女は、僕が自分の部屋に馴染んでいないことを一瞬で感じ取ったのだ。その鋭

何より憂鬱なのは、秋が終わってしまうこと

打ち合わせ先からオフィスに戻る途中、突然雨に降られた。雨降るなんて聞いてない。打ち合わせ中に窓の外が暗くてああもう日が暮れたんだな、日が短くなったな、なんてのんきに考えてた。なんで雨雲だって気づかなかったんだろう。外にいたら絶対に匂いで分かるのに、とちょっと自分の衰えた野生の勘を恨めしく思った。もちろん折り畳み傘なんて持ってない。最悪だ。あの日と同じように突然雨に降られて私の前髪は早くも台無しになった。でも今日はもう帰るだけだから別にいいんだ。全然可愛くない私で君に会うよりず

笑えた。

死にたくなった。 深夜の学校で女子高生が飛び降り自殺。 何とも芸術的。 屋上から街を見下ろす。 ある路地裏に能面が見えた。 こちらをずっと眺めている。 深夜の学校で女子高生が飛び降り自殺をしようとしているのを見ている、能面を付けた男。 何だか笑えた。

【短編小説】石狩あいロード 1/4【Illustration by Koji】

短編小説「石狩あいロード」の第1話です。 この短編小説はKojiさんとのコラボ企画の作品です。 幸野つみが小説を書き、それに対してKojiさんにイラストを描いていただきました。 全4話。第1話は約3000字。全体で約20000字。 それでは第1話をお楽しみください。 物語の始まりです。 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 石狩あいロード 第1話 小説:幸野つみ × イラスト:Koji ◆ ◇ ◆ ◇ ◆  帰りたい。  心の中で誰かが呟く。 「帰りたくない」  日差しの

誰かに髪の毛を乾かしてもらうとき、目を閉じると君にしてもらってるみたいで好き

ドライヤーが壊れたのは3日前だった。髪の毛を乾かしているとどんどんモーター音が大きくなってきて、なんと火花まで飛ぶようになった。増税前に買い換えるんだった、と少しだけ後悔して新宿ビックロに行き、モデルチェンジで安くなってたパナソニックのナノケアを買った。マイナスイオンの1000倍以上の水分を含む「ナノイー」なるものが発生するらしい。おかげで私の髪はするんするんのまとまりのあるサラサラ髪へと生まれ変わった。 私は髪の毛がコンプレックスだった。くせ毛で細くてふわふわしてすぐに絡

君のことなんか、大好きでしかない

「で、これからどうするの?」 君が静かに、探るように放った一言に私は何も言えなかった。私はどうしたいんだろう。私は君とどうなりたいんだろう。目の前にはただ君が好きっていう刹那的な感情と君に抱かれたいっていう欲望が綺麗に二つきっとほとんど同じ大きさあるいは質量で並べられている。でもそれは目の前にしかなくて、数メートル先には何もなかった。暗闇、違う、そんなネガティブすぎる表現じゃなく、空虚あるいは煙に近い。見えそうで見えないもの、形のないもの、実態を掴めないもの。君のことなんか

【掌編小説】Fコード

僕はもう二十九歳で大人になってしまったけれど、いまでもときどき学生時代のことを思い出す。 十八歳。すべてのものごとが非生産的な方向に向かっていた時代。 僕は大学に通いながら週に二回、予備校でアルバイトをしていた。 そこでの仕事は、一言で言ってしまえば雑用のようなものだった。授業前の黒板の清掃、塾内便の記録用紙のファイリング、模試の申込受付、その他職員がやるに及ばない細かな仕事は何でもした。 慣れないスーツを着て、先輩から窓口業務の仕方や大教室でのチュートリアルの仕方を教わ