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君のことなんか、大好きでしかない

「で、これからどうするの?」

君が静かに、探るように放った一言に私は何も言えなかった。私はどうしたいんだろう。私は君とどうなりたいんだろう。目の前にはただ君が好きっていう刹那的な感情と君に抱かれたいっていう欲望が綺麗に二つきっとほとんど同じ大きさあるいは質量で並べられている。でもそれは目の前にしかなくて、数メートル先には何もなかった。暗闇、違う、そんなネガティブすぎる表現じゃなく、空虚あるいは煙に近い。見えそうで見えないもの、形のないもの、実態を掴めないもの。君のことなんか、ただ好きでしかない。本当に大好きで大好きで大好きで……大好きでしかない。未来なんかない。私はただ目の前のワイングラスのステムからフットのあたりをぼんやりと見つめ──具体的にはグラスを支える自分の左手、先週変えたばかりのベージュのネイルと今日は指輪をつけてない指を──そしてゆっくり君の顔を見上げた。


昔の恋人はやたら私に「愛してる」と言わせたがった。私はどうしても恥ずかしくて言えなかった。愛してるなんて大袈裟だと思った。当時の恋人に対する感情は「愛してる」とは違うともなんとなく気づいていた。愛してるの代わりに「大好きよりもっと大好き」と誤魔化した。大好きより、もっと大好き。「愛してる」はもっと広い、その人の背景や過去や未来人格すべてを含む包括的な意味で、献身的な響きがする――少なくとも私にとっては。でも「大好きより大好き」はどこまでも自分本位な感じがする。その人のある一面を見てそこに共感したり、ああ私と似てるなと思ったり、もっと現実的な言葉で言うとただの恋でしかないから。


店内の温度が下がってきた。空調が効き過ぎてる。ずるい私は君の問いを曖昧に濁して、「すみません、ちょっと寒いので空調の温度上げてもらえますか?」と店員に頼んだ。それは私たちへのメッセージにも似ている。冷めないようにしよ。今はまだお互い大好きなままでいよ。だから君の家にとっとと帰ろ。全部忘れて感情のままにお互いがお互いを独り占めして溶け合っちゃお。ぐちゃぐちゃに抱き合お。そんな剥き出しの心を少し隠して君を誘う瞳をつくった。

君も同じ気持ちでいてくれるといいけど。


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