見出し画像

AIやインボイスなど脅威に打ち勝つためには

イラストレーター&コラムニストの陽菜ひなひよ子です。

わたしは絵描きなので、もともと美術展にはよく足を運びます。絵画に限らず、インスタレーションやデザインや工芸なども好きです。

こうした人の作り出したものの価値が、たとえばAIの発展やインボイスによる廃業などで失われていくとしたら、それはたまらなくつらいと感じます。でも自分自身については、AIやインボイスについて、それほど脅威や危機感を持っていません。それはなぜなのか?を考察してみました。


愛知県美術館で開催中の「生誕120年 安井仲治展」を見て来ました。その感想に絡めて書いてみます。

写真もAIもアート界の黒船


話は少し飛びますが、夏に現代アーティストの三杉レンジさんに「AI」についてインタビューしました。このとき、レンジさんは「絵画にとってAIは、写真以来の黒船だ」とおっしゃったんですね。

写真によって、絵画の役割の大部分は取って代わられました。肖像画家の多くは失業せざるを得なかったでしょう。しかし、どんなに写真が便利でも、「やっぱりこの人に描いて欲しい」と思われる画家はいたはずです。

現在のわたしたちの置かれている立場も、当時とよく似ていますよね。新しいものが生まれたときには、何かが古いものとして葬り去られることになります。対抗するためには「それでも描いて欲しいと思われる」=「唯一無二の自分」になるしかないのかもしれません。

話を「写真が登場した頃」に戻します。

写真が登場して「絵画はどう発展したか?」といえば、「写真にできないこと」を模索し始めたんですね。では写真の方はどうだったかといえば、逆に絵画の方に寄せ始めました。「絵画的な写真を撮ること」が写真の初期の主流だったのです。

絵画の発展は、そのまま写真にダイレクトに影響を及ぼします。印象派の風景画のような写真もあれば、キュビズム的な写真やパウル・クレーの絵画みたいな写真も撮影されました。でも一番わかりやすいのがシュルレアリスムの影響かもしれません。

上のインタビューで、レンジさんは「歴史を知るとアートは本当におもしろくなる」とおっしゃったのですが、写真鑑賞も、美術史を知っているかどうかでは、おもしろさが全然違うと感じます。


絵画に影響を受けた写真


シュルレアリスムといえば、ダリ。2021年に三重県立美術館で「ショック・オブ・ダリ ― サルバドール・ダリと日本の前衛」を見まして。これが本当におもしろかったんですね。

ダリが美術界に与えた影響って本当にものすごくて。絵画だけでなく、写真にも多大な影響を与えていたことを知りました。

この本文中にもありますが、この少し前に名古屋市美術館で「『写真の都』物語 ―名古屋写真運動史:1911-1972―」を見ました。シュルリアリスムが世界を席巻していた頃、写真の世界でもモロ「あ、ダリ」「これはキリコ」と影響を受けた画家がすぐにわかる写真が撮られたりしていたんですね。


森山大道や土門拳も評価した写真家・安井仲治

生誕120年 安井仲治展(愛知県美術館)

そんな前置きで、安井仲治展、よかったです。安井さんは戦前の関西の写真家。1942年、戦中に腎不全で38歳の若さで亡くなられた人。短い生涯の中でさまざまな写真を撮っています。もちろんシュルレアリスム風の作品も。

あの森山大道氏や故・土門拳氏からも、安井さんは評価されています。

安井 仲治やすい なかじ(1903-1942)
1903年 大阪市に安井洋紙店の長男として誕生、裕福な家庭に育つ
1922年 浪華写真倶楽部に入会(19歳)
    写真展で数回入選を果たす。浪華写真倶楽部の代表格として活躍
1928年 「銀鈴社」結成(25歳)
1930年 「丹平写真倶楽部」参加(27歳)
1942年 腎不全のため、神戸の病院にて死去(38歳)

Wikipediaによれば、安井さんは「アマチュア写真家」とあります。裕福な家に生まれたアマチュア写真家といえば、2018年に京都で見たフランスの写真家・ジャック=アンリ・ラルティーグ(1894-1986)を思い出しました。

生活のために働く必要がなく、生涯「アマチュア写真家」を名乗ったラルティーグ氏。独特の美意識で、ブルジョワジーのおふざけ写真を撮り続けたラルティーグ氏には正直反感しか持てませんでした。(実際、芸術家は生前に芸術で成功した人は少なく、売れずに困窮し貧困のうちに亡くなった人と、半分趣味で創作していたブルジョワジーに分かれると思います)

安井さんはどうだったかというと、彼はどちらかというと労働者や韓国系移民、杉原千畝氏の「命のビザ」により日本に亡命してきたユダヤ人など「社会的な弱者」をモチーフにすることが多かったようです。

ロートレックやドガが娼婦や踊り子をモチーフに描いたように、安井さんは彼らの懸命に生きる姿に「美」を見出したのか、共感し「ジャーナリズムとして」写真を撮ったのか。その両方だったのではないか、と感じました。

アナログなレタッチとモンタージュ

今回展示された写真は、当時安井さん自身がプリントしたもの以外に、2004年の大規模展覧会や今回のこの展覧会のために新たにプリントされたものが混在。安井さんは労働者の艶やかな肌の質感を出すために、プロムオイルというオイルメディウムを塗布していたそうで、新たにプリントされたものには油絵の具が塗布されています。

現代のわたしたちが、写真にAdobe Photoshopでレタッチを施すように、当時はアナログなレタッチ法があったのだと感心。

安井さんは本当に多彩な写真を撮りました。またその一部を切り抜いたり回転させたりして組み合わせて焼き、さまざまな効果を狙ったモンタージュ作品を意欲的に制作しています。

1932年には「半静物」という概念を提唱し、撮影場所で静物を即興的に組み合わせてシュルリアリスムの手法に近い効果を狙っています。「半静物」ただ置くのではなく、動かしてみせることで、影も含めた効果を狙った写真はおもしろかったです。

約200点の作品は「まだ続くの?」と次の部屋の前で数回つぶやくほど見ごたえいっぱいでした。11/27(月)まで!

注)↓この画像は常設の2023年度第3期コレクション展の写真も混在。安井さんの写真はピンクで囲ったもののみ。

◎安井さんの写真(ピンク枠)
上段中央は愛知県知多半島の野間埼灯台。1921年に設置された愛知県最古の灯台で現在も現存。うまいことピサの斜塔っぽく撮ってますね!
右は戦争に突入する中で出征兵士を見送る女性を列車内から撮影した写真。
中央は二眼レフカメラと収めたまま撮影できる革のケース(欲しい!)。
左下二枚はシュルリアリスム風の写真(牛の骨、おもしろい!)。

《安井作品以外》
左上は碓井ゆい《ガラスの中で》生殖医療を主題とした作品。
中段「眼鏡」の2枚は米田知子氏の作品 「Between Visible and Invisible」シリーズより。
左は坂口安吾の眼鏡で見た原稿、右は藤田嗣治が送った電報を見ている。

2023年度第3期コレクション展

「正方形」をテーマにまとめられた展示など、とっても興味深かったです。同じ常設でも、このようにテーマでまとめられると、違った視点で見られて新しい発見がありますね。


インボイスとAIの時代に選ばれるには?


冒頭の「なぜ自分がインボイスやAIの時代に不安を感じないか」について書きます。

わたしは絵描きとしても物書きとしても一流ではないかもしれません。いや、本当にそうです。それでもありがたいことに、2023年11月現在、仕事は増え続けています。

AIに関してはこの記事にも書いたように、ほとんど心配していません。

インボイスに関しては、多くの取引先から「番号が発行されたら教えてください。でも無理に発行しなくて大丈夫です」「もしインボイス発行されなくても、変わらず外税でお支払いします」と言っていただいています。

新規の取引先からも特にインボイスについて聞かれていません。それはつまり「インボイスに関係なく発注したい」という先方の意思の表れだと解釈しています。

どうして自分は「選んでいただけている」のか。

ポイントは、作品をつくる「アウトプット」にあるのではなく、何を自分の中に取り入れるかという「インプット」にあるのではないか、と感じるのです。


「選ばれるため」に必要なこと


ダリ風とわかる写真を撮るためにも、それがダリ風だとわかるためにも、たくさんの絵を見て知識として蓄積する必要があります。さまざまなジャンルの作品を数多く見て、自分の中の引き出しを広く「多く」持つことが、今後もっともっと求められていくのではないかと思います。

ただ問題は、「知識を持つ」だけでは、AIには絶対的にかなわないということ。その知識から「自分なりの知見」「感性」を育てることが重要です。

昔、ある人気マンガ家さんが「マンガだけを読んでいては『おもしろいマンガ』は描けない」とおっしゃっていましたが、本当にその通り。

好きなマンガを読みふけるのもすごく大事な時間です(わたしも好きだからよくわかります!)。今の主流は漫画やアニメ。でも、だからこそ、それだけを見ていたら「人と同じ感性」しか育たないともいえます。

あえて自分の作風や興味とはちょっと違ったジャンルや現在主流ではない分野の映画を見たり、展覧会に足を運んでみたりすることで、自分の表現に幅が生まれます。

映画に関しても、昔のわたしは「いい映画=泣ける映画」だと思い込んでいたんですね。でもそうとは言い切れない。じゃあ「いい映画ってどんな映画?」といえば、それは人それぞれ違っていいのだと思います。

いやむしろ、人と違ったものに「おもしろさ」「美」を見出す「感性」こそが、自分の「強み」になるのかもしれません。


わたしは2020年に『ナゴヤ愛』(秀和システム)という本を出版しました。ありがたいことに、この本をきっかけにお仕事が本当に増えました。

ほめ言葉の中によく聞かれたのが「独自視点」という言葉です。

自分では自分の本がおもしろいかどうかはよくわかりません。自分にとっては「普通のこと」なので。でも自分にとっての「普通」が、自分の「強み」になるかもしれないのだ、とふと気づいたのです。


自分の「強み」を伸ばすために


わたしの書いていることは、よくいわれることとは真逆かもしれません。大抵は「一つのことを極めろ」っていいますよね。でも「一つを極める」って、口でいうほど簡単ではありません。それに一つのジャンルを極められるのは1人かせいぜい2~3人程度。

そうではなく、さまざまなものを見た結果生まれる「自分だけの感性」で勝負をするなら「唯一無二の自分」になれるのです。

そんなわけで、絵画だけでなく、写真も工芸も、映画も漫画もどんどん見て、吸収しましょう!

昔から写真も好きで、東京都近代美術館の「MOMATコレクション」でフジタの戦争画とともに木村伊兵衛の写真なども食い入るように見たものです。

でも本当に写真がおもしろいと思うようになったのは、オットであるカメラマンの宮田雄平とともに2010年国立新美術館「マン・レイ展 知られざる創作の秘密」に足を運んだ頃からでしょうか。2013年に酒田の「土門拳記念館」で見たスナップの鮮烈さ。

そして写真への強い興味を決定づけたのは、2017年京都で見た「パリ・マグナム写真展」、2018年兵庫県伊丹市で見た「ソール・ライター展」、そして2019年地元愛知県稲沢市で見た「特別展 木村伊兵衛 パリ残像」でした。

ぜひこのあたりの名前は押さえておいて、見ていただけたらと思います!



もし、この記事を読んで「面白い」「役に立った」と感じたら、ぜひサポートをお願い致します。頂いたご支援は、今後もこのような記事を書くために、大切に使わせていただきます。