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OnとOnのメリハリをつける / ”選択する”ことと働き方改革

最近気になったSNSの投稿

アダム・グラントという心理学者が、私は個人的に好きです。
私と同じ組織心理学を研究する学者で、モチベーションや仕事の意義などについて、多くの影響力のある研究成果を残されており、2023年には、世界で2番目に影響力のある思想家に選出されたりしています。

最近が彼がSNSに投稿した内容が、なんかいいなぁと思ったので、今回はそれについて、書いてみてます。

彼が投稿した内容はこんな内容。

Emotion regulation is not about controlling what you feel. It's about choosing how you respond. Wise people don't suppress emotion. They find constructive ways to express it. Intense feelings don't always demand immediate reactions. They often benefit from deep reflection.

感情調節とは、自分が感じていることをコントロールすることではない。それは、どう反応するかを選ぶことだ。賢明な人は感情を抑圧することはしない。彼らは、それを表現する建設的な方法を見つける。激しい感情は、常に即座の反応することを求めるわけではない。彼らは、多くの場合、深い内省から恩恵を得る。

2024年5月5日、Linkedinでの投稿より引用。訳:わたし。

少し自分なりに解説してみると、人はストレスに対峙した時に、そこから自分を守るために、感情調節戦略というものを発動させます。
感情調節という名前だけ見ると、”感情を押し殺す”ことのように聞こえますが、実際にはもう少し多様な選択肢も含めた概念です。
具体的には、そもそものストレスある状況を避ける、状況を変えに行く、注意をそらす、集中する、見方を変える、感じ方を操作する(感情を押し殺す、偽りの感情が本当であるかのように感じる) などです。

例えば、人がパートナーに振られた時に、いろんな選択肢を繰り出すことで、その状況を乗り越えるわけです。
もう会わない(状況を避ける)、思い出の品を処分する(状況を変えに行く)、友達とやけくそでカラオケに行く(注意をそらす)、思い出に浸って泣く(集中する)、あいつはクソだったと思う(見方を変える1)、あの人は大切なものを教えてくれたと思う(見方を変える2) 、気丈に振る舞う(感情を押し殺す)、というような形。

何かストレスに対峙した時、人はいろんな選択肢を持っているのです。感情を押し殺すは、あくまでその一つの戦略なわけです。
ちなみに、ストレスの対処法としては、見方を変える、ということが一番効果的だと言われることが多いです。逆に、感情を押し殺す、というのはあまりいい心理衛生状態をもたらさないことがわかっています。

このことを踏まえると、グラントの投稿は、感情を押し殺すのではなくて、すぐに反応しなくてもいいから、深い内省を持って、感情の出し方をきちんと選択していきましょうという、意味の投稿になるわけです。

いやぁ、愛に溢れている。やっぱり好き。

仕事はエネルギーを与えてくれるもの?奪うもの?

唐突ですが、最近あまり「仕事のOnとOffにメリハリをつける」という言葉が好きではありません。

なんでかな、と考えた時に、仕事(On)を、余暇や休息(Off)とは対照的に、頑張らないといけないもの=ストレスの源であり、エネルギーを回復することの正反対にあるもののように捉えた表現だと感じたからです。

また心理学的な話をすると、この考え方は、「資源保存理論」や「仕事の要求度-資源理論」というものに当てはまる考え方で、仕事をエネルギーを奪っていくもの、余暇や休息をエネルギーを回復させるものと捉えた、至極まっとうな考え方だと思います。人はこのバランスが崩れると、調子が出なくなるわけですね。だから、休みを思いっきり自分のエネルギーの回復源として活用しようというのは、当然そうであるべき考え方。

たしかに、仕事はエレルギーを使います。こころも、頭も、身体も、使いますから、疲れるのは当然です。
ただ、すこし違和感を思えるのは、エネルギーの回復源に該当するものって、休みだけじゃないんです。同僚からの支えであったり、仕事における自律性だったり、仕事の意義それ自体だったりもします。

つまり、実は楽しいとおもっている仕事があったりすると、頭と身体は疲れているけど、こころはすごい充実感がある、みたいに感じることが起こるわけです。
あまり押し付けがましく、仕事にやりがい!というのは好きではないので、そういうことを言うつもりは毛頭ありませんが、でも、そういう気持ちを実感することとかって人間ありますよね。
それは仕事の中にある何かの要素が、あなたにとってのエネルギー資源になっているからなんです。

フロー状態と「選択する」ということ

また、アダム・グラントの話をします。
彼の有名なTED Talkのなかで、彼が、フロー状態というものについて語っている回があります。

フロー状態とは、ランナーズハイのように、ゾーンに入り、何か実際にアクションを起こしているにもかかわらず、それに没頭し時間の感覚をわすれて、それにエンゲージしている状態

彼はフローを、「虚脱感」の対極にある状態として置きながら、その特徴を、「上達実感があること」「一つのことに集中していること」「意義を感じること」と、TED Talkの中で説明してくれるわけです。

例えば、個人的な経験で言えば、私は娘に絵本を読んで寝かしつけをしているとき、このフロー状態に入ることがあります。
朗読の経験もスキルもありませんから、読むのは下手くそなわけですが、でも何回か読んでいくうちに、読むのが上手になってくるのがわかるし、娘を話に引き込ませたい、といった気持ちが湧いてくる(上達実感)。そして、夜のしずかな時間の中、もうあと寝るだけ、という状態で、この時間に浸っている(集中)。そして何よりこの時間は私が娘ときずなを深める、かけがいのない時間なのです(意義)。

グラントもまた、フローの経験を、コロナ禍に親戚家族とやったマリオカートの中に感じたということで、ストーリーを共有してくれています。面白いと思いますので、ぜひTED Talkご覧あれ。
https://www.ted.com/talks/adam_grant_how_to_stop_languishing_and_start_finding_flow?language=ja

さて、私はこのフロー状態を仕事や生活の中に、持ち込みたいなと思っています。
組織心理学の文献は、フロー状態にある個人は、そうでない場合に比べて圧倒的に生産性があがる可能性を示しています。
特にコロナ以降、このフローという概念をさまざまな文脈に取り入れていくことが注目されているようです。

実は、冒頭のグラントのSNS投稿を私が”いいな”と思ったのは、内容それ自体がいいからということももちろんあるのですが、それ以外の理由があります。

それは、彼の投稿に、”choose(選択する)”という言葉が入っていたから、です。
そして、「選択する」ということばに、フローの概念と似ている感覚を覚えたからです。

「選択する」とは、何かにYes、という行為ですが、同時に何かにNoを突きつける行為でもあります。
つまり、例えば、「選択する」ということを仕事におけるタスクに当てはめてみると、これにエンゲージするよ、と決めると同時に、これには意識は向けないよ、と宣言をすることでもあるわけです。

人は複数のことに同時並行的に取り組んでいる時に、ものすごくストレスを感じます。
私も、会社でチームを管理するようなポジションになって、複数のPJに同時に参加するようになってから、やばい、まじつかれた・・・って毎日思ってました。そりゃそうですよね、30分ごとに違うテーマの会議を休憩なしでリレーしていくんですから。
でもこの疲れの原因は単に時間量ということのみらず、一つのことに集中させてくれない状態が、悪い影響となって現れている例です。
こういう状態に悩みを抱えている人、少なくないんじゃないかなと想像します。

こういうマルチタスク状態の時、優先順位をもってタスクに取り組んでいるつもりでも、実はこころの中で別のタスクが気になっている、みたいなこともよくあるんじゃないかと思います。つまり、目の前には一つの仕事しかなくても、意識的には複数Onになっている状態です。

そこで大切だな思うのは、Onを選ぶだけでなく、しっかり「Offを選ぶ」というアクションを取ると言うことです。そうすることで、エネルギーを割かない矛先を決められ、意識の余計な分散状態が解消されるのと思うわけです。
そして、その「選択」こそが、フロー状態で言うところの「一つのことに集中していること」を生んでくれるのではないだろうかと思うわけです。

そして、そこにもう一つフロー理論の要素を入れるとすると、選ぶ基準は、「会社の方針」や「社会的にもっともらしいもの」ではなくて、自分にとっての「意義」=「納得のいくポジティブな視点からの理由づけ」を据える、ということも大切ではと思うわけです。

そのように「自分にとっての取り組む意義」を軸に仕事を選ぶことができれば、その仕事に没頭できるし、実際にやっているその作業に意義を感じられる。意義があれば、もっと良くしたいという上達への思いが健全に出て、その結果、没頭できるという、素敵なサイクルに入れるのではと思うのです。

もちろん、仕事は一人で回っているわけではないですし、緊急事態や突然の横槍が入ったりなんかもあるでしょうから、実際に物理的にできることには限界があると思います。
そうだとしても、例えば、こころのなかで優先順位をもっておく、とか、チームメンバーに、「ごめん、来週はこういう理由で他の件に意識を割かないといけないから、なるべく出なくていいもの明確にしてくれる?」と相談する、とか、あるいはチーム全体で、今週はこういうテーマを大切に(逆を言えば、こういうところは少し手を抜いて)取り組んでみよう!と集中の矛先を話し合ってみるなど(後者になる程、オープンネスが上がる)、擬似的にフローに近い状態を作るために、できることは沢山あるのではないかと思っています。

OnとOnにメリハリをつける

だから、思ったんです。仕事(On)と仕事以外(Off)、というようにメリハリをつけるのではなく、仕事の中(OnとOn)にメリハリをつける。すなわち、同じ仕事の中でもNoという部分を決めて仕事に取り組む。こちらの方が、仕事全体をOnと捉えるより、よほど生産的だし、なにより仕事が楽しめるものになるんじゃないかと思うのです。

もちろん途中書いたように、これには限界はあると思います。
でもだとすると、チームのタスクを決められる権限にある方や、働き方の改善に貢献できる役割のある方は、上述したような視点をもって、個人やチームが、自分たちなりの意思をもって、仕事や仕事との関わり方を選べるよう環境を築いていただきたいなと思うわけです。

皆さんも、OnとOnにメリハリをつける、やってみませんか?

最後まで読んでくださり、誠にありがとうございました。良い一日を。

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