成島朔

ナルシマハジメ/詩・その他

成島朔

ナルシマハジメ/詩・その他

最近の記事

こわれもの

東海教育研究所(2024)『望星』2月号にて、選外佳作を頂いた作品を掲載いたします。 個人的に、自身にとっても再読可能性の高いテクストとなるように試みた作で、愛着も大きい作品です。 偶然誰かの目にとまり、誰かの血抜きとなりますように、と祈りを混ぜました。 また、『望星』本誌において、佳作を頂いた「心中」も掲載いただいておりますので、そちらも是非手に取って頂ければ幸甚に存じます。

    • 狸の筵

      狸の筵を売って歩く背の高い男がいる。ヤニを常に吸っており、髪は鎖骨まで伸びているけれど肌色は美しい。ただ頬と顎の輪郭が少し崩れていた。白い黄ばんだシャツは左の腰の所がほつれていて、汗だくになりながら狸の筵を山ほど背負籠に背負っていた。見向きもされなかったわけではない。寧ろそれなりのあがりがあった。全部ヤニとパンに消えた。パンはそこらに転がってる浮浪者にくれてやっていた。要するに男は何も要らなかった。なのに狸の筵は絶えず手に入るから、暇と金のある限りはパンでも配って生活をやり過

      • 旅びとの真夜中

        眠れない夜には子守唄を思い出す 緩く巻き取られていく紐引きのオルゴール 薄く笑うボーダーシャツの仔犬 お腹に当たるあたたかい手のひらの熱 途切れつつ紡がれる少し外れた音程は この世界の何より柔らかく 私は今深い森に立っていて 遠く麓に見えるぽつぽつとした灯りの群れ 何気なく寄せられて歩いている 包み込む大きな木のうろに座って ひとつ息を吐く 遠く近く吠える声がする 悲しさや寂しさよりもゆっくりと 聞こえないくらいに馴染みよく 脱いだコートに頭を預けると 左手が胸の

        • 友達やめようぜ

          仲良いと思ってつるんできたけどな もう分かるだろ、合わないの 最初は良かった 互いに知らない所を知っていった なるほどな、って思う事も、 受け容れられない感覚も増えた 大体全部分かったなって思ったら 最後にやっぱ違う人間だ この実感がそこで明らかになるんだよ それ以降変化はない 人間関係は使い捨てだ 求めるもの得る為にお互い笑い合うわけでさあ 要するに使い古しに先はない ずるずると馴れ合いを延長してきた 無駄だなあ、この時間 この言葉かなりしっくり来た 本当は嫌いだよ、お

        こわれもの

          夜遊び

          月が掌まで落ちてきた 案外大きいなと思った 落ちてくるとしたら本当の大きさではないというのは大体分かっていたから しかしせいぜいソフトボールくらいの大きさだろうと考えていて 実際には夏のビーチで遊ぶ西瓜の風船よりも一回り大きい それで西瓜よりは軽いがしっかりとした重さはあった 月だから当たり前ではあるが 中に兎が一匹いた それでもやはり本当にいるとなると嬉しくなる 実際の兎よりちょっと小さいくらいだから なるほど月がこのくらいの大きさなのも確かに理に適っている しかし姿は随

          極彩

          仰向きの蜚蠊が藻掻く姿が命の永遠を示していた。

          煌めき

          冷たい水槽に死骸が一匹 ただそれは美しく浮いていた。

          彼女は夢の中

          小さな本をパタリととじて、少女は母のひざに頭をあずけます。 少女は思い出しているのです。本の中のふたりの友だちを。 歩くふたりについていって、ときどきふたりを引っぱって、こっちだよ、ふと少女はつぶやきます。 母は答えずに、柔らかく少女の頭をなでました。 いつのまにか少女は夢の中、母のやさしい手のひらのリズムの中にいました。 あかるい太陽の下で、三人でうたを歌いながら、 手をつなぎ顔を見あわせておどっていました。 母は本をかかえて眠る少女にキスをして、そっとベッドに寝かせました

          彼女は夢の中

          仮4(鬼の夢)

          鬼の夢を見た。集まった僕らの部屋の視界の隅、狭い廊下の陰から掌の大きさのチョコレートを投げる。一人がそれを見つけ、無邪気に頬張る。初め姿は見えないが、とても愛らしい姿の赤い小鬼であるようだ。また一つ陰からチョコレートが飛んでくる。僕もそれを一口で頬張る。そこは二階の一部屋で、たった一つ階段ばかりの廊下にチョコレートを拾いに行くと小鬼と鉢合わせ、二言三言、言葉を交わす。危ういところの無い、無垢な少年の風だった。それから僕は、一階の居間に移っていた。そこにまたチョコレートが一つ。

          仮4(鬼の夢)

          彼女の誕生日

          七年前、藤沢のしがないモールの隅で見つけた、パンダ自身が浴槽の形になったアクセサリーケース、使い過ぎて少し張ったふくらはぎ、彼女の誕生日、その四日後。 大船駅前のテナント2階、連絡の取れなくなったバイト先の先輩のお気に入りだった中華料理屋、包装された小さな箱、新しい指輪、彼女が少し左下に逸らした視線、彼女の誕生日、その一週間後。 贈り物を贈りたいと思えるようになるまでの18ヶ月、気づく度打ち消した声、真ん中に響いていた音、端で鳴り続ける音、彼女の誕生日、その七年後。

          彼女の誕生日

          まっている

          人は望まれて産まれてくる それが必ず家族からであるわけではない 偶然その場合が多いだけ 望みは未来にある 背が伸びるたび、 ものを知ってくうちにひとをしるうちに、 あたらしく望みを知る 神様が決めているからいつそれを知るかは分からない どうか知らずに死なんでて あんたはみらいにのぞまれてる

          まっている

          ヒア・カムズ・ザ・サン

          朝が来ました。 虹色の朝です。 また、鈍色の朝です。 私は未だ朝であるとは思っていないのに。 今日一日はこれから始まっていくのでしょうか? それともこれで終わっていくのでしょうか? 太陽は見えません。 月も見えていません。 空もなく、ただ真白が真上には有ります。 何も無いのが嫌なので、 何も無いのがあまり心許ないので、 私は上に鴉を投射することに決めました。 そして事実そうすると、鴉は雀に、雀は朱鷺に、朱鷺は燕に、燕は鳩に、鳩は鴎に、鴎は孔雀に、孔雀は梟に、梟は白鳥に、白鳥は

          ヒア・カムズ・ザ・サン

          水族館

          プランクトンがおよいでいる 【プランクトン】と書かれた水槽のなか これは気持ちよさそうだ、これは死んでいる 説明書きによると、これらはアイルランドからきたものらしい 鼻のつんと尖ったものが、目をつむり仰向きにぷかぷか揺れながらういている これらは羊の肉が好物らしい ぽちゃん とそれが落とされると、いっせいにそこにむらがっていった たまらずおれはにやにやとしてしまう 不意にお腹の中から、壁をたたく音がした 「たすけてえ」 おれはぎくりとした まわりを見わたすと、水族館はもう閉

          ひしゃげた輪郭

          二日前、庭の石畳にあった蝸牛を踏み付けた 犬を散歩に連れて行こうという前だった おぞましい悪寒を覚えると僕の身体は瞬間に痙攣する パキ、 靴の裏 覗くと割れた破片。 くらくらともつれながらそこを離れて、 直後にはこう考えた 「なに、大きいだけだ」 現に俺は今も微小の虫を踏んで殺している 心地好く涼しい夜道に犬を歩かせている 昔から蛙の鳴き声が嫌いで、 これを聴くと破裂した身体、飛び出た内臓と滲み出た体液の想像を思い出す 川べりでさんざめく夏は疎ましい 靴の裏のあの感触が

          ひしゃげた輪郭

          compound

          虫の声が届かない場所だった。勇ましく直立する木々よりも、地面に照る木漏れ日のモノクロームのコントラストが美しく際立つその根元に腰掛けて、少年は本を読んでいた。本の色も厚さも見えなくなるくらいに抱え込んで、透き通る茶の髪を埋めて、彼は文字をなぞっていた。白と赤のストライプのシャツに、濃紺のデニムのオーバーオールを着て、その全てに木漏れ日はまだらの模様を塗りたくっている。真っ白な柔らかい頬が見えたり隠れたりする。硬い革の靴は明るいクリーム色を少し焦がしたような加減をしていて、これ

          仮3

          Kにぜひ来てくれと頼まれ彼の個展に寄った。写真作品が狭い空間に並べられ、一つ一つが他を遮らぬよう飾られてあるが、その中のどの作品も、平素の呼吸に垣間見える人や物を映したもので、各々は安らかにそこに鎮座するようであったが、その各々を最後にどうしたいのかが残念ながら分からない。そういう中で、一つだけ気になる写真かあった。それだけ、先に言った平素の呼吸という作品群とは言うべきでないふうに見え、しかし別段他と区別を意識しては飾られていないようで、何気なく空間の中に異質であった。そこに