仮3

Kにぜひ来てくれと頼まれ彼の個展に寄った。写真作品が狭い空間に並べられ、一つ一つが他を遮らぬよう飾られてあるが、その中のどの作品も、平素の呼吸に垣間見える人や物を映したもので、各々は安らかにそこに鎮座するようであったが、その各々を最後にどうしたいのかが残念ながら分からない。そういう中で、一つだけ気になる写真かあった。それだけ、先に言った平素の呼吸という作品群とは言うべきでないふうに見え、しかし別段他と区別を意識しては飾られていないようで、何気なく空間の中に異質であった。そこには、空を目指しているような、風を受けようとしているような若い女がいた。ただこれを、私は正直であると受け取れなかった。彼女は羽根を広げたがるように両手を目一杯伸ばして、空を見て背伸びしていた。この造形を決めたのは誰で、どの為にこういう形を望んだのであろうか。瞳は鋭いものの、口元が僅かに違和が零れている。この中にはやはり嘘があると見えたが、その嘘は誰がついたものであろう。女か、Kか、またはこの画面か、空間全部か。もしくは俺自身がそうなのかもしれない。写真を撮ること自体、ものを書くこと自体、むしろ記号を表すこと自体が、嘘にまみれているのかもしれない。何にせよ、この女の写真は、そういう嘘をはっきりと誇張していた。同じようにこの誇張も誰のものか分からない。展示場となった部屋を後にしてから考えた。記号の嘘や嘘の誇張が、Kや女や、私自身のものでないとすれば、あの空間をひっそりと覗く、大いなる何らかの存在があって、あの瞬間私を不安な感情に差し向けたのは、そういう何かの意思のようなものだったのではないか。そういえば部屋の窓は少し開いていて、その時今まで無風だった中にやんわりと冷たい風が入り込んできた気がする。後からこう思うのも誰かの仕業か。女が不満気に、目の前でこちらをぎょっと睨みつけた妄想の錯覚を、手すさびに勝手に付け加えることにした。

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