無題、あるいは不必要
はじめに
ヘラルボニーは私にとって、取材する対象でした。
次々と新たなことにチャレンジしていくその存在は、記者からみれば“長期取材すべき相手”でした。
まだつい最近まで記者だったこともあり、今でもたまにヘラルボニーを取材しているような錯覚に陥ります。この入社エントリも、いわば潜入ルポのような、まだ軸足の定まらない感覚でいます。
ご挨拶が遅くなってすみません。どうも皆様はじめまして。桑山知之(くわやま・ともゆき)と申します。平成生まれの33歳、数秘も33の天秤座です。
2023年3月まで、名古屋にある東海テレビという局で報道記者でした。ここ5年ぐらいは発達障害をテーマにちょこちょこ取材をしていて、『見えない障害と生きる。』というドキュメンタリーCMも制作しました。
元々は取材対象だったヘラルボニー。
そして、意を決してテレビ業界を離れて選んだ、ヘラルボニーと歩む道。
メディアという“外野”ではなく、“中の人”として発信するということ。
私個人のnoteでは、これまでのことを書きました。
こちらのnoteでは、これからのことも書いてみようと思います。
私とヘラルボニー
作家やその家族、施設の職員、アートに魅了された人……。
ヘラルボニーによって人生が変わった人がいます。
私が初めてヘラルボニーと出会ったのは2020年2月。WEBメディアに取り上げられていたのは、創業まもない会社が打ち出した、とある意見広告でした。
内閣府が「桜を見る会」の招待者名簿を廃棄した問題について、安倍晋三首相(当時)は名簿をシュレッダーで廃棄した人物が「障害者雇用の職員だった」と答弁。こうした中、東京・霞が関の弁護士会館の前に掲示されたのがこの意見広告でした。落札直後シュレッダーにかけられたバンクシーの作品を彷彿とさせるクールで挑戦的なメッセージに、私の心は強く揺さぶられていました。
ほどなくしてヘラルボニーは、当時私が拠点としていた名古屋へと出店します。名古屋の目抜き通り、多くの百貨店が立ち並ぶ久屋大通の公園の一角にポップアップストアをオープン。そこに私が訪れたことから、ヘラルボニーとの交流が始まりました。ありがたいことに、代表の2人は私が制作したドキュメンタリーCMのことを知ってくれていたようでした。
それからというもの、「異彩SALON」というオンライントークイベントに呼んでいただいたり(崇弥さんのご自宅にお邪魔したり)、LITALICO発達ナビの連載コラムで取材させていただいたり、ギャラクシー賞の贈賞式でアートネクタイを着用させていただいたり、アートターポリンのトートバッグを購入したり。関わり合いを通して、私の中でヘラルボニーという存在がどんどんと大きく膨らんでいきました。
2022年3月、ヘラルボニーが採用を強化することを知った私。今後どんなビジョンでやっていくんだろう。どんな人材を求めているんだろう。気になって気になって、我に返った頃には両代表に連絡を取っていました。
勤続10年目という節目に突入する中で、自分はどう生きていきたいのか。テレビディレクターのままでいいのか。総合職採用だから異動だって当然ある。元々何がやりたかったんだっけ。ドキュメンタリーって本当に好きなのかな。◯◯までにアイデアが思い浮かばなかったら辞めようかーー。キャリアプラン、人生を本格的に見つめ直していたところでした。
コロナと必要性
得体の知れないウイルスによって“最低限の暮らし”を余儀なくされた私たち。「不要不急なものを控えよう」という政府の大号令に対し、私は強烈な違和感を覚えていました。
不要不急って何だろう。
行動制限の影響で潰れてしまった店もたくさんあります。
その店は誰かにとって、家族や友人と過ごした思い出の場所だったかもしれません。
その店は誰かにとって、すべてを包み込んでくれる居場所だったかもしれません。
“エッセンシャルワーカー”という言葉も躍り出ました。
“エッセンシャル”ではない労働者は、果たして不要なのでしょうか。
当時、メディアに身を置いていた私。
何が必要で、何が不要か。それを誰が判断するのか。誰のために仕事をしているのか。そんなことをぐるぐる考えながら、日夜取材に追われていました。
最初の緊急事態宣言下、一本のドキュメンタリーCMを制作しました。
『この距離を忘れない。』と題した、5分間の映像です。
コロナによってあぶり出され、社会の中で確かに存在していた“距離”。
ある意味では世の中を“浄化”させ、さまざまなものを顕在化させました。
3年間。
自分自身や家族と向き合い、どう生きていくかを考えるのに、それは十分な時間でした。
No title
ヘラルボニーがライセンス契約を結んでいる異彩作家の作品の中には、「タイトル不明」「無題」とされているものが数多く存在します。
私たちから見ればアートでも、その作家からすれば「丸を描き続ける」「点を打ち続ける」といった制作過程こそが目的であり、作品はリビドーの結果であるとも考えられます。
創造したいからしている。ただそれだけ。
見方を変えれば、社会からのラベリングや評価に執着しない、軽やかでありながら芯が強い身のこなし。
もちろん全員が全員そうだと断言することはできませんが、“意味”や“理由”となりうるタイトルというものは、一部の作家にとって必要ありません。
見出しをつけて、ニュースという「なくてはならないもの」を扱ってきた私にとって、タイトルを欲さない生き方は衝撃的でした。
なくてもいいもの
私は元来、「なくてはならないもの」よりも「なくてもいいもの」の方ばかりが気になる性分でした。
どっちでもいいけれど、あった方がいいもの。理由は説明できないのに好きなもの。存在していることでテンションが上がるもの。遊び。余白。極論をいえばムダなもの。蛇足。そういったものの方が尊く思えて、近くに置いておきたくて、大好きなんです。
例えば食材の買い出し。メインの具材ではなく添え物や調味料ばかり買ってしまうような、あの感覚。
カレーなら焼き野菜が乗ってたら嬉しいな、ズッキーニとパプリカとヤングコーンでも焼いてみようか、バターあったかな、福神漬はちょっと合わないかな、なんて考えながら買い物をしちゃうから、肉やじゃがいも・にんじんなどの基本的な具材をつい買い忘れてしまう。私だけでしょうか……。
閑話休題。
報道機関として、ニュースを視聴者にお届けすることは存在意義のひとつです。
ニュースとは、報道機関にとって「なくてはならないもの」なのです。
さらにニュースの中でもラインナップ、つまり優先順位があります。
あれはトップニュースだとか、これはせっかく絵がある(映像が撮れている)からやろうとか、それは最悪ボツかも…というものまでさまざま。
こうした序列の中で、「なくてもいいもの」はどんどん端へ追いやられていってしまいます。当然です。“あるべき理由”を説明できる人がほとんどいないからです。
でも私は最近思うのです。「なくてもいい」とされてきたものを大切にしたいと。
「なくてはならないもの」があるからこそ「なくてもいいもの」が輝くということは重々理解しているつもりです。
それでも、「仕事は仕事」と割り切れるほど器用ではない私にとって、好きなものや大切なものが削ぎ落とされてしまうことへの違和感が、日に日に大きくなっていました。
好きという感情。でも言語化できない。なぜ好きなのかわからないけれど、強烈に惹き付けられるなにかがある。私の大好きなアンティークショップのオーナーが、以前取材した際、こんな言葉を口にしていました。
何が何だかわからないままたどり着いたその先に、ヘラルボニーという存在がありました。
命を吹き込む
ヘラルボニーによって人生が変わった人がいます。
ここで改めて、社名の由来についてホームページの記述を抜粋します。
今、社会で不要だとされているもの。価値がないとされているもの。
ひょっとしたら「障害者は必要ない」「社会の邪魔者だ」とさえ考える人もいるかもしれません。
でも、もしも価値が不変ではなく人によって決められるものだとするのであれば、私は「なくてもいい」とされてきたものに価値を見出し、命を吹き込む存在でありたい。
よくわからないけれど価値があると自分自身が思えるものに対して、時間と労力を費やしたい。
これが、私がヘラルボニーに入社した理由です。
取材する対象として追いかけていると思っていた相手が、実は憧れの存在だったんだと気づいたのは、内定通知書を受け取った後のことでした。
今とこれから
現在は、さまざまな企業とのコラボレーション案件やプロデュース事業におけるクリエイティブ全般のディレクションをしています。
私には障害の原体験がほとんどありません。
でも、だからこそ「当事者のことは当事者にしかわからない」ときちんと線を引いた上で、“外様”にしかできないものづくりをしてみようと思います。
私の使命は「価値を高め、命を吹き込む」こと。障害福祉という領域に「クリエイティブ」を持ち込んだときに生まれるものを、これからお見せできたらと思います。
入社が決まった後、崇弥さんから言われた「宙に浮いた存在でいてほしい」という言葉の意味。そして、焼き鳥屋のカウンターで文登さんから聞かれた「“障害”に代わるいい言葉ってあると思いますか?」への答え。もしかしたら言葉を変えない方がいいのかもしれません。これから歩んでいく中でたどり着いたものを、社会に向けて発信できたらと考えています。
私が食らった、ヘラルボニーという衝撃。
ヘラルボニーという“概念”を広げるために、さまざまなアプローチで社会に向けた仕掛けをつくっていこうと思います。
ヘラルボニーによって人生が変わった人がいます。
私も、その一人です。
次は、あなたが。
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