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ウソつくの、やめました。東海テレビ退職記


はじめに

テレビマンとして、報道記者として、ずっと「本物」と向き合ってきました。本当に逮捕された人、本当に家族を亡くした人、本当に社会で苦しんでいる人……。本物にしか出せない言葉や表情を、すぐそばで目の当たりにしてきました。ドラマや小説に出てくるような出来事が、実際に今まさに起こっていて、僕はその現場まで急いで向かう。そんな日々でした。

するといつしか「本物であるかどうか」が僕の大切な指針になりました。

それがいいとか悪いとかは一旦置いといて。それが本当なのか、それともウソや虚像、フェイク、「はりぼて」ではないか。気づけば本物を追い求めるようになっていました。こう書くと、審美眼がある高尚な人間のように見えますが、実際にはウソがつけずに社交辞令も言えなくなったり、不器用で感情がすぐ顔に出ちゃったりと、ずいぶんと“めんどう”な人間になった気もします……。

これはいわゆる「退職エントリ」にカテゴライズされると思います。
でも、タイトルから「名古屋のテレビ局を辞めたやつが内部告発や暴露をするんじゃないか?」と期待してきた人がいたらごめんなさい。先に断りを入れておくと、僕は東海テレビという会社で働けたことに誇りを持っているし、とても感謝しています。

「自分の心に正直に生きる」、そう決めた僕が思う「本当のこと」を、今回書いたまでです。主観も大いに混じっているので、テレビ業界を離れた人間の戯言として話半分に読んでくださると嬉しいです!

簡単な経歴

東海テレビには2013年に新卒で入社し、ちょうど10年間勤務しました。はじめの3年は東京支社営業部、その後7年が報道部でした。記者/ディレクターというやつです。たまにテレビで現場から中継していたりするアレです。

報道記者には「遊軍」というポジションがあります。
めちゃくちゃ簡単にいえば「何でも屋」です。政治・事件・経済・スポーツなど特定の担当を持たずに、何か大きな発生モノがあったら駆り出される。東海テレビでは硬派・軟派でいうところの軟派、”やわネタ”を扱うことが中心でした。
僕自身がサブカルクソ野郎ということもあり、取材先はお笑い芸人さんや漫画家さん、ロックミュージシャン、キャバクラ嬢、ミニシアター、アンティークショップなど。時にはニュース番組の公式Twitterの中の人もやったりしてました。ちなみに7年の内訳は、遊軍4年→愛知県警担当2年→遊軍1年という感じでした。

一方で、報道記者らしいこともさせていただきました。

FNNの応援では西日本豪雨で町の4分の1余りが浸水した岡山県倉敷市真備町での現地取材や、安倍元首相銃撃事件の容疑者周辺の取材にも行きました。愛知県警担当時には殺人・強盗など凶悪犯罪に加え、愛知県知事リコール署名偽造事件や持続化給付金詐欺事件、組織的な自動車盗グループの事件なども。時には、直当たり(直撃取材)した数日後に捜査対象者が逮捕されたりと、とても濃密な時間を過ごしました。早朝から深夜まで取材先を駆け回り、休日だっていつもスマホは肌見放さず仕事の連絡は即レス……という日々を送りました。

2018年7月 岡山県倉敷市真備町にて

中でも一番印象に残っている仕事は、ドキュメンタリーCMの制作です。

「テレビ局の人がCMを作るの?」とお思いかもしれませんが、東海テレビ報道部では毎年1本、ひとつのテーマを題材に「公共キャンペーン」としてCMを制作しています。2011年からはドキュメントタッチで作りつづけていて、僕はプロデューサーとして2018年、19年、20年、22年に制作しました。

水と油のような関係だとされていた「報道と広告」。
それが組み合わさったときに何が生まれるのか。CMという短い秒数の中ですべてを表現することは不可能でも、社会に対して強烈なきっかけを投げかけることはできると考えました。クリエーティブディレクターを務めていた都築徹さんが提唱する「15秒のジャーナリズム」です。

ありがたいことにたくさんの広告賞をいただきました(数えたら4作品で20も……恐縮です)。CMに絡んで、愛読していたQuick JapanAERAに掲載いただいたことも一生の思い出です……!

制作したCMは現在、全国の学校や企業で発達障害や生理への理解を深めるための映像としても使われています。顔を隠さず覚悟を持って取材に応じてくれた人たちの言葉を、少しでも社会に届けることができたことは、何よりのやりがいです。

僕と発達障害

僕が初めて発達障害と出会ったのは5年前。8月の暑い日の朝、日本テレビ『スッキリ』を見ていた上司からの言葉でした。

「桑山くん、この人おもしろそうだよ。取材してみたら?」

トリプル発達障害のある漫画家・沖田×華さんに、ハリセンボンの近藤春菜さんがインタビューするという企画でした。確かにめちゃくちゃおもしろい。

出版社にコンタクトを取り実際にお会いさせていただくと、沖田先生はとても魅力的なかわいらしい人で、それまで僕が抱いていたステレオタイプな「障害者」のイメージとはかけ離れていました。

テレビマンを含む作り手はよく「違和感を大切にしろ」「当たり前を疑え」と言われます。
沖田先生のこと・発達障害のことを知れば知るほど、僕は強烈な違和感を覚えました。当たり前と思っていたことや常識が覆されていったのです。

当時の取材を思い返すとまだまだ稚拙ではありましたが、「発達障害」が僕にとってライフワークのような位置づけになったのはそのときからです。そして2019年のドキュメンタリーCMの制作に行き着きました。あらゆる当事者の方々を取材してきましたが、ラッパー・GOMESSさんには特にお世話になりました。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします!


GOMESSさん、東ちづるさんらとともに

僕と広告

11年前、広告最大手・電通の新卒内定者でした。
コピー年鑑を読み漁ったり、宣伝会議賞や月刊ブレーンのC-1グランプリに応募したりしながら、「将来はコピーライターになるぞ」と意気込んでいました。

しかし大学の卒業発表当日、携帯で成績発表のページにログインすると、そこに書かれていたのは「原級」。留年でした。

すべての責任は僕にありました。単純な勉強不足でテストの出来が悪く、4単位(2科目分)が不足。教授に泣きついても当然ダメ、入社まで1カ月を切った中で内定先に相談しても救済措置などなく、内定取り消しとなりました。こうして1年ぶり2度目の就活スタート。卒業旅行はすべてキャンセル。当時の彼女とも破局。あのときご迷惑をおかけした皆様、改めて本当に申し訳ございませんでした……。

こうしたバックグラウンドもあり、テレビ局勤務ながら広告に対する思いは人一倍強かったと思います。そして報道・ドキュメントを軸足にした広告へのアプローチは、本当に楽しい仕事でした。
僕がこれまでに書いたコピーや制作したCMが生活者の皆様に届き、何かを感じていただけているのだとしたら、それはとても感慨深いことです。

東海テレビについて

社員数350人ほど(男性260人、女性90人)の小さなテレビ局です。放送圏は愛知・岐阜・三重の東海三県。フジテレビ系列でありながらチャンネルは8chではなく1chで、親会社は東海ラジオ、さらにその親会社は中日新聞です。何年かに1人、社長候補が中日新聞から送り込まれてくるので、度々その資本関係を肌で感じることができます。

局全体のカラーとしてはザ・保守。在名局の中で比較すると、新しいものを取り入れたりチャレンジしてみようというよりは、これまでの伝統や歴史を重んじる社風です。「変える」よりも「変わらない」ことを美徳とする傾向があります。

他社からは「東海さんって軍隊みたいだよね」と揶揄されがち。営業でいうと厳しいノルマ、報道では◯◯が撮れるまで帰ってくるんじゃねえ的な風習がありました。

でも、僕にとってはすごくいい会社でした。

理由は山程あるのですが、尊敬してやまない素晴らしい作り手の先輩方がすぐそばにいたことがとても大きいです。特に『人生フルーツ』『神宮希林』の伏原さん、『ヤクザと憲法』『さよならテレビ』の土方さんと一緒にお仕事できたことは、僕の財産であり宝物です。

何より、僕のことをご存知の方ならわかると思いますが、ずっと遅刻魔でした。今ではほぼなくなりましたが、実は社会人になってから100回ほど寝坊しています……。遅刻理由でウソをついたことも数知れず。それでもこんな僕を減給や解雇にしなかった東海テレビはめちゃくちゃ器がデカいと思います。留年で内定取り消しになった不束者を拾ってくれ、見捨てずに育ててくれました。それどころか講演活動やLITALICO発達ナビでの連載コラムなどといった社外での活動も認めてくれて、本当に感謝してもしきれません。

東海テレビを辞めたワケ

30そこそこの若造にしては待遇も申し分ない中で、とてもお世話になった、そんなに温情深い会社をどうして離れるのか。

それは、もっとワクワクしたかったから。ただそれだけです。

ウソをつくのをやめて「自分の心に正直に生きる」と決めた僕にとって、よりワクワクする方に身を置くことは、めちゃくちゃシンプルだけどものすごく納得できる道でした。綺麗事ではなく、宝くじに当たったからとかでもなく、本当にそうなんです。

入社した頃から考え続けた転職や独立という道。
結果的に10年という節目の年ではありましたが、特にここ3年ほどで自分の人生を見つめ直す機会が増えたと感じます。その理由として、新型コロナウイルスという存在が拍車をかけたような印象です。

「この距離を忘れない。」 ©東海テレビ放送

コロナは僕たちに本当に色んな影響をもたらしました。
人間が、組織が、社会が、変わるチャンスでもあったはずです。
でも東海テレビは、ほとんど何も変わりませんでした。いい意味でも、悪い意味でも。

中堅になっていくにつれ、次第にワクワクが失われていく自分に対し、「大人になるっていうのはそういうもんだ」と言い聞かせ、見過ごすことが僕にはできませんでした。

辞める際に「ウチのどこが改善すべき点か」と聞かれましたが、答えはすでにご自身の心の中に。ご存知のはずなんです。
クリエイターを大切にしない風土。慢性的な人材不足から来る「その場しのぎ」。その一方で働き方改革も待ったなし。後輩育成は二の次になり、取材力は低下、制作物のクオリティも落ちてしまいます。まずいのは視聴率だけでなく、「この状況を全員がわかっているのに、見て見ぬフリをしつづけること」だと思います。

自分にウソをつかないということを突き詰めた結果、待遇や安定、既得権益などあらゆるものを二の次にしても、「自分らしく生きること」や「チャレンジしつづけること」を大切に暮らしたいというのが僕の考えです。

そんな中、目まぐるしく変化をつづけて成長していく企業がありました。ヘラルボニーという会社です。

僕がヘラルボニーを初めて知ったのは3年以上前。とある意見広告がきっかけでした(詳細は連載コラム参照)。それ以降、ヘラルボニーの世界に目を奪われっぱなしでした。無自覚でしたが、あれは間違いなく「ファン」そのものです。

一方で、代表2人も発達障害のドキュメンタリーCMきっかけで僕のことを知ってくれていて、名古屋でポップアップストアを出店していたことをきっかけにつながりました。ヘラルボニーのイベントに呼んでもらったこともありました。

そんなスタートアップ企業が採用活動を強化する、というのを1年ほど前に知りました。2人に連絡を取ったところ、すぐにZOOMがセッティングされました。自分ならどんなことができるか、こんなことも社会に訴えかけられるんじゃないか……とてもワクワクしたことを覚えています。

10日余り経った後、メッセンジャーで届いたのは突然の内定通知書でした。「あれって面接だったんだっけ……?!」という驚きはありながらも、その直後には僕の腹はもう決まっていました。

辞めることを決意した瞬間、目の前のモヤが晴れたような感覚になりました。草原の上に立ち、一面に広がる青空の下で、強いけれども優しくて心地いい風が吹いたような、とてつもない爽快感でした。

一番大切なのは、自分が本当にいいと思えるかどうか。
自分の心に素直になり、ウソをつくのをやめたら、見える景色が変わりました。心がふっと軽くなって、生きやすくなりました。ちなみに実は半年前に結婚したのですが、プロポーズよりも前に僕の決断を尊重して受け入れてくれた妻には感謝しかありません(妻のことはまた今度……)

これからローカル局は統廃合が進んでいくと思われますが、テレビにはまだまだ道がいっぱいあるはずです。オワコンなんかじゃありません。今でもテレビは大好きです。大好きだからこそ、魅力的なままでいてほしいと心から願っています。離れてもお手伝いできることがあれば、いくらでもしたいとも考えています。

そして大好きだからこそ、お願いがあります。
人それぞれの「好き」を尊重してあげてください。

テレビは巨大組織です。それはローカル局でも同じ。
「苦手なことをつぶして、組織として使いやすいオールラウンダーを作る」というノーマライゼーションよりも、個人のやりたいことや好きなこと・得意なものを伸ばせる環境にしてあげてほしいです。きっとそれだけで、働くみんなのモチベーションやエンゲージメントは格段に上がるはずです。

僕のこれから

かくしてヘラルボニーという大好きな会社に入社しました。

ヘラルボニーではクリエイティブディレクターとして、映像だけに限らずグラフィックやコンセプトメイキングなど、クリエイティブ全般に携わっていく予定です。テレビの記者・ディレクターからずいぶんと業界が変わったようにも感じますが、自分の中ではどこか地続きな気もしています。代表の言葉を借りるなら、「社会が止まりたくなる指を作る」ための企画や仕掛け作りを、自由にやっていこうと思います。

ヘラルボニーの本社は岩手ですが、僕は東京を拠点として活動していきます。目黒のあたりに家を借りました。賃料爆上がりしすぎです。つらいです。おもしろい仕事はフリーでもやりたいと思います!みなさんご相談はお気軽に。

そんな中、妻からもらった大切な財布をきのう失くしてしまいました。お金もまあまあ入っていました。これまたつらいです。せめてAmazonのウィッシュリストで物乞いぐらいさせてください。結婚祝・転職祝・引越祝どうぞよろしくお願いします……!

これからのことは、ヘラルボニーの入社エントリで書かせていただきます。

それでは!


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