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パリ軟禁日記 24日目 「バーガー職人」

2020/4/9(木)
様々な記録がそうであるように、記録が破られる瞬間というのは往々にして唐突に訪れる。

じすい100パーセント…ここまで続いた偉大なる記録は軟禁24日目にしてあっけなく終わった。実は、この日記がどれくらい続くか実験しているのと同じように、自炊についてもどこまで行けるか挑戦をしていた。記録は途切れたけれど、悔しさはない。あるのはもう、圧倒的な満足感だった。

近所によく行くハンバーガー屋さんがある。 その名も、L’Artisan du Burger -「バーガー職人」。食材から調理法にこだわって作る、いわゆるグルメバーガーのお店だ。商売は繁盛しているようでパリ市内で6店舗、フランス全体で見ると合計13店舗でビジネスを展開している。店内は黒基調のデザインで、ウッドテーブルに丸太椅子とスタイリッシュかつ自然派をアピール。Tシャツの袖からタトゥーが見える若い店員さんはフレンドリーだ。

ファストフードのイメージもあるバーガー。フランスには他に美味しい食べ物が色々あるから、そんなに食べる習慣がないのか、と思ったらとんだ見当違いである。フランス人もバーガーを愛している。そして、彼らが本気で作るバーガーはかなり美味しい。それもそのはず、この国には世界一美味しいパン、国産ブランド牛、新鮮な野菜、高品質なチーズまである。バーガー好きとして、アメリカ、日本で色んな店に行ったけれど、気合いが入ったパリのバーガーは一食の価値有りと断言できる。

昨今の騒動の影響で、この店も外出禁止令が施行された当初は閉店していた。それが先週からだろうか、テイクアウトとデリバリーのみで再オープンした。近所をジョギングしている時にこのことを知った僕は、機を見て利用したいと思っていた。誰だって、お気に入りの近所の店が潰れるのは見たくないだろう。唯一の懸念があるとすれば、調理場の様子が見えない中で、人が作ったものを口にする感染リスクだった。気にし出したらキリがない部分ではあるけれども、自炊に比べれば、やはりどうしたってリスクがある。

それでも一方で、我慢の限界というものもある。僕たちの自炊レパートリーもネタがなくなってきたし、何より、毎日毎日時間をかけて作って、一瞬で食べて、片付けるというルーティンに正直うんざりしてきたところだった。自分では作れない美味しいものを食べたい欲求、そして、片付けをしなくていい幸福感。たった2名の家族会議は開始数秒、満場一致で結論に達した。

電話で注文して30分後に取りに行った。今日僕が注文したのは「ノートルダム」。知らぬ人はいない、昨年の今ごろ火災に見舞われた悲劇の大聖堂の名前がついた新メニューだった。ペッパーソースをかけたシャロレ牛のパテに赤キャベツのピクルスを添え、アイスバーグレタス、そして、ロックフォールチーズを柔らかめのバンズに挟み込んでいる。想像していただければおわかりの通り、不味いはずがなかった。ものの数分で目の前からバーガーの姿が消えた。調子に乗って昼から開けたビールの小瓶はまだ半分も残っていた。そして、持ち帰りの紙袋にバーガーの包装紙を捨てれば、もう何もすることはなかった。

「ノートルダム」、これはパリに生きる人間にとって希望のシンボルそのものなのだ。それっぽいことを言う批評家のような文章が思い浮かんだ。そのまま、誰に咎められることもなく、僕はソファーで横になった。約20分間。午睡のデザートは甘美で、幸福感に満ちていた。

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